第23話 女帝殺害

 葉子の部屋は大広間の二階にあった。彼女の部屋だけ特別に両開きになっている。

 レッドカーペットの階段を上ると、神門と白石は扉の前で、中の光景を見ていた。神門は腰を抜かしている。

「飯野様、中に葉子先生が……」

 白石は真を見て、青白い顔を見せて声を震わせていた。

 真もドアの外から葉子の部屋を見た。彼女はカーペットにうつ伏せで倒れていて、そこに刃物が背中から刺さっていた。

「葉子先生」

 真は彼女に問いかける。

 続いて能美が葉子の姿を見た。

「これは、刃物一突きって奴か……」

 その言葉を聞いて、つむぎや小春、玉葉、響花、中田も姿を現した。

 最後に見たくるみは身体を震わせた。

「せ、先生」

 そう言って、中に入ろうとしたのだが、能美が言った。

「待て。女性が近付くもんじゃない」

「でも、まだ息があるかもしれないし……」

「とにかく、俺が見る。女は下がってくれ」

 能美が中に入って、中田、真は一瞬どうしたらいいのか分からないまま、二人に続いた。

 能美が倒れている葉子の首元に手を当てて脈を取る。そして、首を横に振った。

「ダメだ。死んでる」

「そんな……」

 くるみはあまりのショックで気を失い、その場で倒れた。

「大丈夫ですか。くるみ様」

 白石はくるみの身体を起こすのだが、彼女からの返事はない。

「死因は多分この刃物一突きだろう。あと、この部屋から窓が開いてるというところから、外部からの犯行が高い」

 能美は葉子が目を見開いていたのを、手で覆い隠し、目を閉じさせた。

「先生―!」

 中田はようやく彼女の死を意識したのか、涙を流して叫んだ。

「まさか、こんなことになるなんて」中田は涙を拭った。

「なあ、君は数々の事件を解決してるんだろう。俺たちは、こんな状況は初めてだし、捜査をしてくれないか?」

 能美は真を見て言う。その表情はどこか半笑いであり、何かを楽しみしているようだ。

 ――そうは言われても、自分は探偵のあかねの助手でこれといって何もしてないし……。

 真は内心思ったのだが、一番経験があるのは自分でしかいない。

「分かりました。白石さん、この洋館は外部には連絡が出来ないんですよね?」

「え、あ、はい。前にもお話ししましたが、この島には電波が届かないので、携帯電話等は圏外になっております。室内の各部屋には内線電話があります。なので、外部とは連絡は取れないようになっております」

「ということは、少なくとも警察に報告できるのは我々が船に乗った後になる。したがって、明日の夜以降ということになる。そこから警察が動き出すと考えると、二日後になる」

 そこで彼は咳払いをした。

「ここで証拠云々は消したくはない。今から僕が部屋を探索しますけど、皆さんはこの部屋に入らないでください。そして、誰もいない時は鍵を閉めてください。いいですね、白石さん」

「はい、分かりました」

 急に顔つきが変わった真に足して、みんな葉子が殺されて恐怖もあったのだが、彼の期待もあった。

 真は先程の日本酒の胃液が押し出されるのを堪えて、思わずゲップをした。しかし、どこか頭が冴えているというか、気持ちがそこまで沈んではいなかった。

「まず、葉子先生は目を開いて殺されている。そして、背中で刃物を差されているというところで、他殺だと分かります。葉子先生は性格上恨まれることは多いかとは思いますが、どうですか?」

「犯人は外部犯だろう。そこを聞いても意味がないとは思うけど……」

 と、能美が腕を組みながら言う。

「本当に外部犯だと思いますか? この島には誰もいないんですよね?」

「まあ、確かにそうだな……」

「あ、でも、一人だけその犯行が出来る人がいるわ」

 玉葉が言った。「伊知郎さんよ。あの人は客船にいたけど、その後に出たとしたら、この場所で身を潜んでる可能性は高いわ」

「何でそこまでして?」

 響花は言う。

「それは……、分かんないけど……」

「まあ、伊知郎さんが客船にいるのかいないのかは分かりません。ただ、もし何らかのことで葉子先生に殺意があったのであれば、この犯行はあり得ます。しかし、その場合だと伊知郎さんはわざわざ洋館の正面ではなく、裏手に回ってはしごか、それともロープかを使って登ってきた可能性はあったとしましょう。しかし、それには不可能に近い証拠が残ってます」

「不可能に近い?」

 と、玉葉。

「何故なら、この雨の中で、彼が外から侵入したとしたら、床に足跡があるはずだ。その痕跡もない。刃物を出した時に、先生は逃げまどったとは思います。その時に床に濡れた足跡は分かると思います」

「なるほど……。ということは、その窓は、どうして開いてるの?」

「これは多分犯人のカモフラージュだと思います。伊知郎さんを犯人にする為なのかもしれません」

 中田は暫く両腕で涙を拭いていたのだが、凶器の刃物に気づいた。

「これは……、俺が使ってる包丁じゃないか。探してたんだ」

「探してた……。本当ですか?」

 真は驚愕して、しゃがんで中田の隣に行く。

「ああ、昼間にキッチンで保管してたんだが、後で、後片付けをした時に包丁を入れるケースを開けると、そこに一本なかったんだ」

「その一本ですか?」

「間違いない。何年も使ってる包丁だから」

「ということは、犯人は昼間にキッチンに入り、中田さんが離れたすきに包丁を盗んだ。中田さん、最後に包丁があったのを確認してから、どこかに行かれましたか?」

「まあ、皆さんに料理を運んだり、トイレ行ったりラウンジで休憩したりしてたよ。何せこんなに少人数だったし、葉子先生も今日はゆっくりしなって言われてたから……」

「その後に、後片付けを始めたというわけですね」

 すると、中田は真を見て頷く。

 真は顎を摩った。

「分かりました。犯人はこの段階では特定できません。しかし、ただ一つだけ言えることがあります」

「それは何だい?」

 能美は両手を広げてお手あげのポーズを取った。

「犯人は、伊知郎さんも含めてこの中にいるということがね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る