第26話 アリバイ
その言葉を聞いた時、つむぎは我が目を疑った。話の内容からしてみたらあり得る話だからだ。思わず顔面蒼白になり、身体は鳥肌が立った。
立っていた神門はまた両手を握りこぶしになり、机の上を叩いた。
「いい加減にして、あたしたちを怖がらせたいの? そんな作り話聞きたくないわよ。ははーん、まさかあなたも葉子先生の一味であって、こうやってみんなを怖がらせて、黒魔術や降霊術を誘い出してるわけね。よーくわかったわ」
そう言って、神門は歩き出した。
「どこに行くんですか? 神門様」
白石は止めようとする。
「あのね。こんなバカバカしいことに参加できないわよ。過去に何があったのかは知らないけど、あたしはただ占いの勉強しに来たのに、こんなのゴメンだわ。自室に帰って明日の夕方に帰るから」
「神門さん。過去の話って?」
真はきょとんとする。
「葉子先生は昔、この勉強会で詐欺まがいの宝石の商売してたのよ。崇拝してたお客にね。その人たちが泣き寝入りして今じゃ自殺してるかもしれないけど……」
響花は淡々と続けた。
「まあ、葉子が亡くなった今、動機なんてみんなあるんでしょ」響花はほくそ笑むように全員に向かって笑った。「執事の白石さんもそうよね?」
「な、何を仰いますか、響花様……」
ごぼうのような体型の白石は完全にうろたえている。
「だってそうじゃない。葉子に占いの弟子入りをして、ちゃらんぽらんな腕前で、下ろされて今は使い勝手の執事をやらされてるじゃない。あなたなんて葉子からしたら、一番指図出来やすかったんじゃない?」
「そうなんですか? 白石さん」
真は眉をひそめて白石を見た。
「ええ、まあ、葉子先生に“あんたは占いに向いてない”と罵倒されたのは事実です」
「それで、執事になられたのはどうしてですか?」
「分かりません。ただ、葉子先生には気にってもらってくれたのだと思います」
「だから、気に入ってもらったわけじゃなくて、使い勝手が良かっただけよ」
響花はポケットから煙草を取り出して、ライターに火をつけた。
タバコを口にくわえて、彼女は息を吐き出して言った。
「それに、そこに倒れてるくるみだって本当は清々してるんじゃない。だって、相当葉子にパシられたんだから」
「くるみちゃんはこの食堂に集まる前に先生の部屋に行ってるはずよ。彼女が一番怪しいんじゃない?」
と、玉葉は横になっているくるみを見た。
「まあ、くるみさんに対しては、目が覚めてからではないと聞けないです。とにかく、伊知郎さんがいなかったというパターンだと、皆さんからアリバイを聞かないといけません。まず、響花先生は食堂に入る前はどこで何をしてたんですか?」
「自室にいたわよ。占いの勉強とスケジュールをスマホで入れてたの」
彼女はあくまで自然体を装っていて、タバコを吸っていた。
「それにしては、七時半に集合だった食堂までギリギリにやって来られましたね。どうしてですか?」
「どうしてって? 乗り気じゃなかったから」
「この勉強会がですか?」
「まあね。あたしは今回勉強会に参加したけど、勉強会をしたいわけじゃないのよ。さっき言ったように、葉子がどんな嘘っぱちを言うのか見たかったわけ」
「ということは、殺害する動機があるということですね?」
「あると言えばあるし、ないと言えば無いし……」
真は神門を見た。
「神門さんは食堂に入る前は何をされてたんですか?」
「あたしも占いの勉強をしてたのよ。何、あたしを疑う気?」
「一応皆さんに聞いてるわけですから、協力をお願いします。あなたは勉強会に熱心でしたよね」
「そうよ。何せ、天下の荒木葉子先生の授業を受けられるのよ。この勉強会は前々から知ってたけど、この数年告知もしてなかったから、もう中止になったと思ってたわ。でも、噂で毎年行われてるって聞いて、葉子先生に頼んでチケットを購入したのよ」
「葉子先生とは関りがないと聞きましたが……」
「そうよ。あたしなんてただのチェーン店で働いてる占い師だけで、それ程占いに対してのスキルは少ないから、先生からすると、私なんて眼中になかったと思うわ」
「あなたは昔テレビに出ていたということで、知り合ったりはしなかったんですか?」
「するわけないじゃない。どこに接点があるというの?」
神門は苛立ちを見せている。
「分かりました。次、中田さん。あなたは七時半まで何をされてました?」
「何をされたかって、夕食の料理を作ってたんだよ」
「その時に席を外したりしましたか?」
「ほとんどしなかったが、トイレ行ったりはしたけど……」
中田も苛立っている。どこか真に対して敵意を感じているようだ。
「くるみさんとは、葉子先生から許嫁のようなことをしていたようですね」
「まあ、そうだな。俺はくるみちゃんが好きだったから、葉子先生に頼んだんだ。すると、先生も満更でもなさそうで、くるみちゃんにどういう話をしたのかは知らないけど、いつしかくるみちゃんから声を掛けられることが多くなって……」
中田は頭を掻きむしっている。どうやらこの話に触れて欲しくないらしい。
「そういえば、葉子先生の死体発見時、唯一泣いていたのは中田さんでしたね」
「そうだよ。料理人の時からお世話になったんだから、そりゃあ、亡くなったのを知ったら涙を流すのは当然だろう」
「分かりました。次は、能美さんにお聞きします。あなたは七時半まで何をしていましたか?」
「俺は小春ちゃんの部屋に行ってたよ」
彼は腕を組んで背にもたれた。
「そうですよ。あたしは能美先生に占いの勉強を教えてもらいました」
――こんな何を考えているのかも分からない男を部屋に招き入れるとは……。この事件が無かったら能美は今宵彼女をどうするつもりだったのだろうか。
「あれ? 内田さんは館内を探検してるって電話で言わなかったっけ?」
つむぎは首をかしげて、小春に言う。
「アハハ、実は能美さんにそう言えって言われてたんだ」小春は後頭部を掻いた。
「おい、バカ。正直に言うな」
能美は恥ずかしそうに小春の肩を叩く。
——まあ、本人たちが良いのなら構わないが……。
真は軽くため息をついて小春に言った。
「ちなみにどんな勉強を教え貰ったんだい?」
小春は人差し指を顎に持っていった。「えっと、四柱推命ってやつ? 何か難しいから一時間ではよくわからなかったけど……」
「なるほど……。他に何かはされてなかったかい?」
「何って?」
彼女はきょとんとして能美を見る。
「おい、俺を変態扱いしただろうお前、ふざけるな。俺はただ勉強を教えてあげてただけだ」
能美は真を睨んでいた。
どうやら先程の日本酒が効いているようだ。余計なことまで言ってしまう。
「最後に玉葉先生は何をされてましたか?」
「私はその辺を歩いてたわよ。もちろん館内だけど……」
「そこで、誰かを見ましたか?」
「ええ、見たわよ。まず執事の白石さんは玄関に立ってたし、中田さんはトイレに行ってバッタリと会ったわよ」
「なるほど……」
「それで、何かわかったの?」
真は顎に手をやった。
「まず、七時半までのアリバイですが、能美さんと内田さん、そして、僕とつむぎさんは外れたとして、その他は誰でも葉子先生の元へ行けるということ……つまり、アリバイが無いですね」
「単純に言えばそうじゃない。でも、先生の元へ訪問したとしても、あの刺され方だったら、すぐにドアを開けてってわけじゃないわよね」
「まあ、考えたら何か話をした後に刺したと考える方が正しいですね」
「それに、伊知郎さんが内部にいるかもしれないって話はどうしたの?」
と、玉葉。
真は俯いている白石を見た。
「白石さん、あなたは七時半まで、この場所にいたのですか?」
「いえ、暫くは伊知郎様が訪問されるかと思って、玄関前に待機しておりました」
「ちなみに、洋館に入るには玄関でしかないんですか?」
すると、白石は躊躇しながら真を見た。
「いえ、別の部屋があります」
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