第17話 洋館へ

 葉子が建てた洋館までは徒歩で十五分ほどだった。その間に真はつむぎや小春よりも先に行って二人がはぐれてしまわないように、何度も後ろを振り返っていたのだが、前にいた神門が気さくに真に声を掛けていた。

 そこから、神門は真に色々と聞いてきた。年齢やつむぎや小春との関係、あかねと解決した事件、そして、あかねとの関係。

「あかねさんとはとある事件でたまたま一緒に洋館で会ったんですよ。そこで彼女から助手の認定を貰いまして……」

 と、真はまんざらでもなく頭を掻いていたら、

「そのあかねさんとは、恋人関係なの?」

 神門は隣で歩いている真を横目で聞いた。

「いえ、そんなんじゃないですよ。ただの私立探偵と助手の関係であって……」

「その、あかねさんは一度会ってみたいわね。そんなに行動的なの?」

「まあ、そうですね」真はあかねを思い浮かべると笑みがこぼれた。「まあ、突発的な考えで、すぐに行動に移す人で、何だか自由気ままに生きてる方です」

「ふーん、あたしもワガママだから、真君には今晩お世話になるかもね」そう神門は言って、真の耳元に近づいてきた。

「よろしく」

 その吐息混じりな色気づいた声が耳元に近づいた時に、突如真はうろたえた。

「な、何をするんですか??」

「いいじゃない。可愛いんだから。真君はまだまだいろんな経験を積まないとね。特に大人の女性との関係を」

 神門は目元の下に大きな涙ほくろがある。そのチャームポイントが、彼女の色気をひきだたせているようでもあるが、真はこういったどこか妖艶を感じさせる女性がどこか苦手だった。

 真は神門から距離を取り、後ろを振り返ってつむぎと小春を見た。彼女たちは一生懸命狭まっている丘を登っていく。

 つむぎはようやく真の横まで来ると、ぽつんと言った。

「飯野さんは、ああいう女性が好きなんですね」

「え、いや、違うよ。誤解だって」

 慌てて真は手を横に振る。

「別にいいんですけど。一応、お姉ちゃんには伝えておきます」

「だから、関係ないんだって」

 ――それに、あかねに伝えたところで彼女が興味を示すのだろうか。

 何だかその言葉に意味があるのか真はつむぎを見た。彼女は自分と神門とのやり取りに苛立っているのだろうか。表情には表れてはいないが、心の中はどう思っているのだろうか。

 ――もしかしたら、両想いなのかも……。

 そう思うと、真は気持ちがこみあげてきて、心臓の鼓動が高鳴った。

「どうしたんですか?」

 真はずっとつむぎの様子を伺っていたので、それに気づいた彼女はきょとんとした面持ちで真に尋ねる。

「あ、いや、何でもないよ」

 ――考えすぎか……。

 真はそう思うと、一気に意気消沈していった。

 洋館へたどり着き、葉子はくるみに支えながら、ドアのチャイムを鳴らした。

 暫く待つと、中からタキシードを着た身長は低くはないのだが、やや背が曲がった初老の男性が現れた。

「おかえりなさいませ、葉子先生。皆様も……」

 その男性は丁寧に頭を下げた。白髪交じりで禿げた頭だった。

「ただいま。白石、中のエアコンが効きすぎじゃないの。寒いわよ」

 葉子は中に入ると、周りを見渡しながら、白石というタキシードの男性に暴言を吐いた。

「失礼しました。葉子先生。先生が来るまで室内はエアコンで快適に過ごしてもらおうと思いました。どうやら温度調整が出来てなかったですね。今すぐ室温を上げて参ります」

「早くして!」

 葉子がせかすと、「はい、只今」と、彼は急いでエアコンのリモコンが設置してある場所に小走りで向かった。

「皆様、暑い中来ていただいてありがとうございます。この洋館でリラックスしてもらい、その後に夕食を取り、勉強会を始めます。今宵は満月です。女性は満月になると神経が活発になります。より占いに力が入れるよう、期待してもらいます。さあ、室内にどうぞ」

 葉子は後ろを振り返って、額に汗をかいていた皆に広報するように言った。その後に、くるみの手を握りながら、室内に入っていく。

「暑いし、この島には変な虫もいるよな」

 能美は着ているYシャツの中を風が入るように手を掴んでパタパタと動かしていた。

「本当に暑いわね。これだから夏は嫌ね」

 響花はそう呟いた。相変わらず赤のチャイナ服が彼女の個性を際立たせていた。

 葉子の執事に当たる白石は、こちらに戻って来た。

「皆様、長旅で疲れたでしょう。お部屋をご案内しますんで……」

 そう言われて、みんな一気に胸を撫でおろした。


「ここが、飯野様のお部屋になります」

 長い廊下の後、突き当りに真の部屋になっていた。真はドアを開ける。錆びた蝶番が少し軋む音が聞こえた。

 部屋の中はホテルの一室というほど奇麗に整えられていた。客船の部屋も素晴らしかったのだが、それ以上に掃除が行き届いていた。もちろん窓もあったが、そこから見えるものは薄暗く、朝までこのしんみりとした風景なのかと、真は少し緊張が走った。

「ありがとうございます」

 真はそう言い残して、肩に背負っていたリュックサックを下ろした。この殺風景な部屋がリラックスできるのか心配だった。

「では、私はこれで……」

「白石さんでしたっけ? あなたはずっとここにいらっしゃってるんですか?」

 真は後ろを振り返って、彼を見た。

「いえ、私は一日先回りをして、この洋館を掃除してまいりました。何しろ今日は勉強会ですので……」

「なるほど、普段は誰もいない島なんですか?」

「そうですね。私が知る限りでは、普段は無人島になっておりますが……」

「分かりました。ありがとうございます」

「では、私はこれで。七時半になれば食堂の方でちょっと遅めの夕食になりますので、それまでゆっくりしていってください」

 そう言い残して、白石はゆっくり木製のドアを閉めた。

 一人になった真は、取り合えずスマートフォンで電波が届くか確かめた。しかし、やはり繋がらない。

 ……しかし、勉強会というものはどういうものなのだろう。

 学校の先生のように、みんなが着席をして、葉子が黒板に向かってチョークを書いている……。少なくともそんなイメージではないのは確かだ。

 真は窓を開けた。小さなバルコニーがあり、そこから満月が見える。

 この満月を葉子は待っていたようだ。何となくイメージは黒魔術のように全員円のように座り、真ん中に五芒星を刻みながら、神の降臨などするのだろうか……。

 もしそんなことをやっていたのなら、あかねはつむぎがそれを行っているところを見たくはないだろう。

 ――その時は、自分が中断させることが出来るだろうか。

 すると、ドアが二回ノックする音が聞こえてきて、思わず真は心臓が飛び上がるほど身体をビクつかせた。

「はい」

 真は言った。

「あたしです。つむぎです」

 その声を聞いて、真は半ば胸を撫でおろした。辺りは暗くなってきている。そんな中での離島だ。恐怖でしかない。

 真は恐る恐るドアを開けると、つむぎが一人で現れた。

「どうしたんだい?」

「何だか、落ち着かなくて……」

 彼女は真顔で真を見た。あまり弱音を言わない彼女が口にするなんて、そうとう恐怖なのだろうと真は感じた。

「僕の部屋で良かったら中で話でもしない?」

 真は部屋を招き入れた。

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