第16話 船酔い醒めず……
離島に着いたのは夕方の六時前だった。真らは運転してくれた船長にお礼を言うために、船長室に入った。
「ありがとう、高田ちゃん」
メガネのフレームも奇抜な葉子は、高田という六十ほどの年齢の、横に広がった体形の男の肩を叩いた。
「うぃ、やっぱ酒を飲んだ方が早めに着くもんだ」
そう言う高田は、焼酎が入っているビンを片手に持って、飲んでいる。
顔も赤く、船長室に入った時から酒が臭かった。真は思わず一瞬鼻を抑えていた。
「そんな、お酒を飲みながら運転をしてたんですか?」
真は素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、そうだぜ。オレの運転はこれが一番なんだ。これで二十年近くやってるから安心しろ」
「そうよ。高田ちゃんは運転が上手いんだから。ちょっと荒っぽいけど」
葉子は真を睨んでいる。
真はつむぎを見た。彼女も不安がっている。無事辿り着いたが、アルコールを摂取しながら運転の方が、はるかに安全ではない。
小春も青ざめていたが、他の人間はそれほどであった。毎回この方がこの離島の船を運転しているのだろうか。
「高田さんと葉子さんの関係は知り合いか何かですか?」
真が聞こうと思ったら、先につむぎが言った。
「ええ、そうよ。二人は三十年ほど前からの付き合いよ。とあるスナックで出会ってからこの離島では高田さんに頼んでるのよ」
と、つむぎの横にいたくるみが言った。
「それよりも、伊知郎はまだ眠ってるの。くるみ、起こしてきなさい」
葉子が言って、「はい」と、くるみは素直に応じて船長室から出て行った。つむぎも小春もくるみの後についていく。何だかまともなのはくるみだけではないが、あまりにも個性豊かな人たちばかりなので、一番心許せるのは彼女なのだろう。
とはいえ、真自身もつむぎの傍にいた方が自分自身も安全だし、近くにいてあげないとあかねに何を言われるか分からない。つむぎに対してほのかの恋心を隠すように敢えてそういうふうに気持ちを切り替えて、三人の後についていった。
「伊知郎さん、離島に着きましたよ」
つむぎが伊知郎の部屋のドアをノックするのだが、返事がない。彼女はドアのノブを回して鍵が掛かっているのか確かめたら、掛かってなかった。
ドアを開けると、伊知郎はまだ仰向けになりながら眠りについている。真と能美が連れてきたときはかなりしんどそうだったので、薬が効いてきたのか。
伊知郎の部屋の近くには玉葉や響花も来ていた。彼女たちは出発を楽しみにしているのだろう。
またゆっくりではあったが、葉子もようやくこちらへやってきた。「ちょっとどいて」といって、玉葉や響花は彼女を中へ通した。
「まだ、眠ってるようです。酔い止めの薬が効いてるようですわ」
くるみは彼の近くまで行って、小声で言った。
「まあ、伊知郎は何回も洋館に行ったことがあるから、後で来るだろう。高田ちゃんが二時間ほど仮眠をとるから、その間にでも起きて一人で来るだろう。急ぐ必要もない」
「そうですね。そっとしときましょう」
くるみは彼の少し乱れていた掛け布団を整えて、立ち上がった。
「しかし、これから葉子先生の跡を継ぐ若者が船でお休みかよ」
船を降りた後、能美は腕を伸ばしながら言った。
「伊知郎さんは去年も極度の船酔いだったので、今ぐっすり眠っていた方がいいですよ」
と、彼をなだめるようにくるみは言う。
「伊知郎さんは去年の時はどうだったんですか? その船に乗ってるとき……」
と、つむぎがくるみに聞く。
「去年は船に乗ってる最中はずっとえずいていました。結局昼ごはん食べてた物も全て戻してしまって。トイレにずっとこもりっきりでした」
「そんなに酔いがひどいんですか?」
小春も心配そうに聞く。
「はい、だから、今回は酔い止めの薬を飲んできたんですが……」
「ちょっと、くるみ。こっちへ来て!」
葉子は杖を突いて船を降り、洋館へと足を運ぶため、険しい丘を登っていく。
「はい、只今」
くるみは駆け足で、葉子の身体を支えながら、一緒に歩いていった。
「忙しそうですね。くるみさん」
つむぎは後ろにいた真を見た。真は、「そうだね」と言ったが、こんな足を悪くしている葉子は何を持ってこの洋館へ足を運ぶ必要があるのか、思案していた。
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