第18話 悩み相談

「内田さんはどこに行ったの?」

 真は電気ポットに水を注いで、電源コードをコンセントに差し込んだ。

「内田さんはこの洋館を探検すると意気揚々です」

「まあ、彼女は外交的な感じがするもんね」

 真は正方形でモノクロの机を前につむぎと向かい合って座った。

「どうだい? この勉強会参加するのかい?」

 すると、つむぎは目を逸らしてから言った。

「……あたしは内田さんに押されるようにこの場所に参加しましたけど、なんだか気持ちが乗らなくて……」

「そうだよね。何だか、この離島も響花先生から聞いたからってのもあるけど、何だか気分が落胆するような場所な感じがする」

 真が何気に口をすると、つむぎは目を輝かせて机の上に両手を置いていた真の手を握った。

「そうですよね! あたし、何だかこの場所に来た時から気分が悪くて……」

 身を乗り出して言うつむぎに対して、真は一気に距離が縮まったことで、心臓の鼓動が高鳴り、顔を真っ赤にした。

 つむぎはようやく真と手を握っていることに気が付いて、「あ、すみません」と、離した。

「気分が悪いのかい?」

「吐き気がするとかそういう意味じゃないんです。何となく、この離島に長くいたくないって思うというか……」

 やはり、笹井つむぎは何かしら神秘的な感性を持っているのではないのか。真は彼女の感受性を大切にした。

「まあ、確かに。それにしても、葉子先生ってテレビに出てる人だよね。良く特番に出てる」

「……らしいですね。あたしNHKしか観てないんで、葉子先生が有名なのかもよく分からないんです」

「あかねさんは葉子先生のことは何か言ってたの?」

「お姉ちゃんもあんまり葉子先生のこと知らないんじゃないかな。だって、占いのテレビやってたら、チャンネル変えるから……」

「まあ、そうだね。あかねさんの性格だったら……。ということはつむぎさんは今日初めて葉子先生を見たということだね」

「はい。あたし占いの先生って手首に色んな数珠を持って丸い水晶を机に置いて、紫のローブを羽織ってるイメージでしかないんですけど、でも、ローブはこの暑い夏にはなくとも、真珠と大柄な体型が、まさに占い師というイメージだったので、どこか胡散臭くも感じるんですけど」

 あかねとは本当の姉妹ではなくとも、一緒に生活をしているせいか、あかねが自己主張をする性格が伝染しているのか、つむぎが口にする主張が、どことなくあかねのように見えて、思わず真は微笑ましくなった。

「まあ、僕はあの先生はテレビで観たことがあるけど、占いは正直当たってるかどうかわからない。でも、当たってたとしても偉そうなんだよね。芸能人が相談しても全て上から物を言うんだ。何というか敵と味方がハッキリしてるというか……」

「確かにそうですよね。伊知郎さんには凄く可愛がってるように見えるし、くるみさんは良く怒ってるように見えるけど、慈愛を持って接してる感じ……。でも、響花先生みたいに一年でしか弟子の経験をしてない人には、冷たいイメージがあります。葉子先生と接点がない神門先生なんて眼中になさそうだし……」

「この勉強会は何十年もやってるらしいじゃない。でも、占い界のトップクラスの人が主催なのに、参加する人はものの十人も行かない。執事の白石さんという人がこの洋館の管理をしてるのかな?」

「そうじゃないですか。でも、あたしそんなことどうでもいい。何となくこの場所が嫌で、早く明日の夕方になってくれないかなって……」

「今でも戻れるんじゃない。だって、船長さんはひと眠りをするって言ってたよね。その間に船に乗り込んだら……」

「だけど、玉葉先生が折角の才能がある人を連れて来たのに、逃げてもいいんでしょうか?」

「君は、ここにいたくないんだろう。それに占い師にもなりたいとは思ってない。それをしっかりと玉葉先生なり、葉子先生に言った方がいいんじゃないかい?」

「ええ、そうですけど……」

 つむぎは持っていたポーチバックを開けてスマートフォンを手に取った。

「……ダメだ、圏外になってる……」

「あの人たちが言ってたのは本当なんだね。ということは、あかねさんには何度電話しても繋がらないということだ……」

 あかねから音信が無いということは、今この場所でつむぎに想いを告げたり……、果ては無理矢理キスをしても行けるのではないのか……。

 そうやましい気持ちを一瞬よぎってしまった真は、今困っているつむぎに対して、何を考えているのだろう自分はと、咄嗟にかぶりを振った。

「……どうしました?」

 つむぎは怪訝そうな顔で見る。

「……いや、何でもない」

 そういえば、能美もつむぎを狙ってるよなと真は思った。

「とにかく、この洋館で一夜を過ごすならば、お互い用心した方がいい。特に君は女性なんだから、占いを教えると付け込んで、変なことをする奴だっている」

「それは、能美先生のことですか?」

「まあ、それもあるけど。白石さんや料理人の中田さんだって男性だ」

「白石さんはともかく。中田さんはあんまり喋らなさそうだし、そんな風には見えないですけど……」

「どちらにしても、用心には越したことがない。内田さんは洋館を探検してるし、僕たちもどんな洋館なのか歩いてみようか?」

「んー」

 つむぎはイエスともノーとも捉えない返事をした。どうやら本気で彼女はこの館内でさえも警戒している。唯一心が許せるのはあかねの尻に引かれている真といったところだろうか。

 そう考えていると、思わずにやけそうになる真なので、何とか理性を保っていた。

「二人で歩いていたら嫌じゃないだろう。二人でくっついてたら、恋人同士に見えるのかもしれないけど、この際、適当にそうだって言ってみる?」

「……うーん」

 何だかどっちつかずな返事をするなと真は困惑した。つむぎの性格をある程度知っているので、問い詰めるつもりはないのだが、これが自分ではなくてあかねだったら、ケンカ沙汰になっていただろう。

「まあ、つむぎさんが館内を歩いてみたいって言ったら僕もそこに乗るよ」

 そう言って、真は電気ポットが沸騰して、自動的にオフになったので、彼は立ち上がりポットを机の上に置いた。

「取り合えず、ポットと一緒に置いてあった、インスタントのお茶でも飲もう」

 丁度二袋あったので、彼は二つ置かれてあったグラスを用意して、両方に粉末の粉を入れた。

「ここでのお茶を飲むつもりなんですか?」

 つむぎはうろたえているようだ。

「まあ、大丈夫だろう。僕が先に飲むから」

 そうグラスに白湯をすすいで、真は熱々のグラスを手に持とうとした。

「おっと、流石に熱いな」

 真は不意に笑った。何とか警戒しているつむぎの機嫌を取りたい。一日中緊張していたらかえってノイローゼになってしまう。

「先に僕が飲むよ」

 真はようやくグラスを掴みとり、息を吹きかけながら、インスタントの緑茶に口を付けるように飲んだ。

「あちちちち」

 真はまだ湯気だっているグラスをすぐさま机の上に置いて、右手首を覚ますように振った。

 それを見て、つむぎは右手を口元に当てながら、肩を震わせて笑った。

 真はその光景を目の当たりにしては、頭を掻きながら口角を上げて互いに笑う。

 すると、その時、電話の高い音が部屋中に鳴り響いた。

 二人はビクッと肩を震わせて、その音の方に目を向けると、どうやら、壁に置かれてある鏡台の机に電話があり、そこから音が鳴ってるようだ。

 真は立ち上がった。電話の横に紙が机の上にテープで張り付けてあって、各部屋の内線の番号が振り分けている。

 真は受話器を掴んで取った。右の耳元に当てる。

「もしもし……」彼は不信感から、声のトーンを落としていた。

「もしもし? 飯野さん?」

 聴きなれた声だった。真はすぐに内田小春だと認識した。

「ああ、内田さん。どこから電話してるの?」

 真は一気に緊張感が抜けて、顔を上げた。

「今自室に電話してるんです。この洋館はスマホは圏外でしょ。だから、執事の白石さんが部屋に内線電話があって、それだったら他の部屋の人とやり取りが出来るって言われてさ。ホントかどうかやってみたんです」

「ああ、そういう事……」

「つむぎもいる?」

 小春はいつしか笹井つむぎのことを“笹井さん”から“つむぎ”という呼び名に変わっていた。彼女の中でつむぎは友達だと認定したのだろう。

「ああ、いるよ。変わろうか?」

 真は後ろで相変わらず正座をしているつむぎを一瞥した。

「別に変らなくていいですよ。どこにいるのかなと思っただけだから。それよりも、白石さんがもうすぐ七時半になるから、食堂に来てって」

「え? もう七時半?」

 真は自分の腕時計を見た。すると、時計の針は七時二十分を差していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る