第19話 勉強会、講師代理

 各部屋の廊下は円状に繫がっていて、その中央部分には大広間になっている。大広間の奥にドアがあり、そこを開けると、食堂だった。

 食堂には音楽はなかったが、奇麗なシャンデレラが部屋中一面に明かりを灯していた。今まで暗かったこの洋館に、少し光がともったようだった。その為、真の気持ちは少し晴れやかになっていた。

「飯野様は、こちらへお座りください。それから、笹井様はお隣のお席へどうぞ」

 白石は相変わらず低音ボイスで、二人を誘導する。

 真は一番端っこに座り、その隣につむぎだった。ここで勉強会が開かれるのだろうか。もしそうだとしたら、自分は本当にただの来客者に他ならないのだなと、真は半ばショックだった。

 小春はつむぎの隣の隣の席に座り、その隣は能美が座っていた。彼はそこの席に誘導されたのだろうか。

 玉葉も来ていた。彼女は真たちを見ると、こちらへやって来てつむぎの隣に座った。

「どう、この空間?」玉葉は薄み笑いを浮かべて、つむぎを見た。

「うーん、まだ、どういったことを行うのか分からないので、緊張してます……」

 つむぎは先程真に見せた弱さを隠すように、作り笑いを玉葉に見せた。

「そうよね。私は部屋にいても何もすることが無かったから、館内の場所を色々見物したり、それに、一応占い道具を持ってきて、十五分前からこの食堂にいたのよ」玉葉の後ろには彼女が持ってきたスーツケースがある。そこに占い道具が一式入っているのだろう。

「え? そうなんですか?」と、真は目を見開いた。「ということは、ここで勉強会は行われるんですか?」

「まあ、勉強会は色んな所で行うのよ。まずはここで食事を楽しみながらって感じね」

「でも、あたし、道具なんて持ってないし……」

 と、つむぎ。

「道具は私が貸してあげるわよ。それに、なくても、葉子先生のお古を貰うか、くるみちゃんの道具を貸してもらうか……」

「くるみさんのだったらいいですけど……」

 思わず本音を漏らしたつむぎに対して、玉葉は高笑いを見せた。

「……くるみちゃんはあんまり物言いしないからね。葉子先生のものだったら使いづらいわよね」

「……すみません」

「それよりも、くるみさんたちはまだ来てないんですか?」

「うん、くるみちゃんも葉子先生のことがあるから、忙しいんじゃない? それに、あの子は先生にとっては使い勝手がいいから、厨房のお手伝いをしてるのかも……」

「手伝わなくていいんでしょうか?」

 つむぎは誰に対して言ったわけではないが、誰かが答えてくれるのを期待した。

 すると、真は言った。

「いいんじゃない。僕たちはお客さんみたいなもんだし……」

「そうよ。中田シェフもいるし……」

 玉葉が言うと、真は彼女を見た。

「中田シェフって、さっきの客船にいた人ですか?」

「ええ、そうよ。ちょび髭を生やしてあんまり喋らないから強面に見えるけど、料理の腕前は確かよ。一流のレストランを経営してるしね」

「そうなんですか? もちろん葉子先生と親しいんですよね?」

「もちろんよ。葉子先生がまだ中田さんがとある飲食店の料理人をしていた時に、その時に作ってもらった料理が美味しかったようで、それからはこういう場ではいつも中田さんを雇ってるわ」

「金銭的なものも貰ってるんでしょうか?」

「そうだと思うわよ。じゃないと中田さんは飲食店を経営できないし、それにテレビでは葉子先生の紹介で出演してるし、それがきっかけで中田さんの飲食店は行列が並んだりしてね」

「へえ、実力がある方なんですね」

 と、つむぎも感心する。

「でも、中田さんは元の性格は物腰柔らかだったのに、葉子先生から認めてもらってから天狗になっていってね。中田さんは独身なんだけど、くるみちゃんを嫁にくれないかと、先生に志願しているらしいわよ」

 玉葉は嫌な顔を露骨に出した。真もそれに想像する。四十半ばの男性が二十半ばの女性に目を付けるのは何となく気持ちが悪いものだ。それが性格など中身に惹かれたのならまだしも、年齢というものだけだと、ただの若い女性が好きというレッテルが付くだけだ。

 真はつむぎを見ると、彼女もくるみと中田の間の関係を掘り下げたくはなさそうだ。

「あ、そういえば、伊知郎さんはどうしたんですか?」

 思い出したように、つむぎは玉葉に言った。

「そうねえ、あたしも客船で寝てるところから見てはいないわね。まさか、まだ寝てるってことはないわよね」

 玉葉は執事の白石の方に見た。

「伊知郎さんは、まだこちらに来られてはいません」

「でも、もうすぐ船長が起きて運転して帰っちゃいますけど……」

「そうは言われても、私はここの執事として一日勤める役目があるので……」

「まあ、船長さんも伊知郎さんが、体調が悪くて寝てるのを知ってるし、最後に各部屋を点検をして帰ると思いますんで、伊知郎さんを乗せてそのまま帰ってしまうことはないとは思いますが……」

 つむぎは玉葉の方を見た。

「あ、そうよね。いくら適当な船長でも、伊知郎さんを連れて帰らないわよね。帰ってしまったら、葉子先生に何て言われるか分からないものね」

 玉葉はそう言いながらクスクスと笑っていた。

 七時半になると響花、そして神門もやって来た。二人は同時に来たわけではないが、どちらも機嫌が悪く、白石に誘導されて隣同士で座っている。

 何かあったのだろうか。真は思わず、二人を見ていた。

 くるみもやって来た。彼女は厨房の方ではなくて、みんなと同じ大広間からやってきた。

 くるみはみんなを見ながら、執事の白石に耳打ちをした。

 白石は頷いて、座っている全員に広報をした。

「すみません、皆様。これから勉強会を行うのですが、肝心の葉子先生が体調を崩しているようで、今晩はお休みになられるとのことです」

 すると、全員唖然とした声を漏らした。

「え、冗談じゃないわよ。今日この時の為に十万円もして参加したのに」

 神門は苛立ちを見せて、思わず席を立ちあがった。

「神門先生落ち着いてください。勉強会は私、くるみが担当します」

 そう言って、くるみは自分の胸に手を置いた。

「え、あなたが? 昼間に葉子先生に教えて貰ってたあなたが? 出来るわけないじゃない。それに、伊知郎先生はどこに行ったの?」

 神門はくるみに対してあざ笑うかのように見下げた。

「すみません、伊知郎さんもまだ来客していないらしくて。もうすぐ来られると思うのですが……。伊知郎さんが来られた場合、私とチェンジいたしますので、それまでは私が担当致しますのでよろしくお願いします」

 くるみは申し訳なさそうに謝罪して頭を下げた。

 態度を大きくして座っていた能美は、テンポの遅い拍手をした。

「まあ、くるみちゃんが教えてくれるんだったらいいじゃないか。しわくちゃのお婆さんに教えてもらってもなあ」

 彼はニヤッと笑った。

「まあ、仕方がないわね。葉子先生はここのところ体調も悪そうだし、伊知郎君が途中から先生の代わりに教えてくれるんだったらいいわよ」

 足を組んでいた響花は、腕も組み、俯いて目を閉じた。

 その時に、シェフの中田が厨房から食堂に顔を出した。

「皆様、料理が出来ましたが、どうされますか?」

 料理という言葉に真は思わず生唾を飲み込んだ。そして彼のお腹が反応するように鳴り出した。

 静まり返った音の中だったので、つむぎと玉葉は笑って、玉葉が言った。

「料理を食べてから、始めましょうか」

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