第20話 酒に付き合う真
中田が作ったものはコース料理だった。自分が経営する中華料理の品物なのか、次々と料理が運ばれていく。
みんな各自で口にしては、「美味しい」と、呟いていた。
真は腹を空かせていたのもあって、食事が進んでいった。彼自身もこの島での洋館が不気味感をどこかで感じていたので、食べることで気を紛らわせようとした。
「飯野さん、これも良かったら……」
つむぎは自分の目の前に置かれていた八宝菜の皿も真の方に滑らせた。
「ふぁべないの?」
がっつりと食べ物を口に入れていた真は見上げるようにつむぎを見た。
「はい、あたしはもうお腹が一杯で……」
つむぎは腹の部分を触りながら言った。
「確かに、食べ物が多いわよね」
と、言ったのはくるみだった。彼女はつむぎの隣に座っている。どうやら本来つむぎの隣に座るはずだったのは彼女だった。
隣に座っていた玉葉は、くるみの向かいの席だった。
食堂の四角形のテーブルに挟んでの席はこうだ。真、つむぎ、くるみ、小春、能美、その向かいには、葉子、伊知郎、玉葉、響花、神門の順番だった。つまり真の向かいでは神門の姿がある。
彼女は昼間の服装とはまた違った格好でいた。しかし、胸元は開いていて、胸の谷間を強調するように見せている。まるで真に見て欲しいように、彼を見るとニコッと微笑んでくる。
真はそれに対して、絶対に胸を見ないようにしていた。もちろん男性なので色っぽい女性には興味があるが、あまりにも迫ってくると、恐怖を感じてしまう。
「んー、やっぱり暑い夏にビールは上手いなー」
そう能美は瓶ビールをジョッキーに移し替えて、ごくごくと喉を鳴らしながら言った。
「ちょっと、能美先生。これから勉強会が始まるというのに、ビールは流石に失礼じゃありません?」
言ったのは、響花である。彼女は几帳面なのか丁寧に髪エプロンを付けながら、食事を録っている。
「何言ってるんだよ。どんな時でも俺は晩飯はビールって決めてんだ。おい、向こうのあんちゃんも何か飲めよ。シェフが色々用意してくれてるぞ」
笑いながら能美は真に大声で言う。つむぎは厄介なことになったなと、恐る恐る真を見ると、彼は軽くつむぎに対して頷いて能美の方を見た。
「分かりました。僕も何か飲みますよ」
「日本酒はどうだ。シェフは今回の為に日本酒も貯蔵してるみたいだからな」
「能美さんが飲むのなら。それで……」
そのやり取りを聞きながら、つむぎは思わず顔をうずめたくなった。てっきり真は“飲まない”“誘いを受けない”ときっぱり言うと思っていたからだ。
確かにつむぎは以前あかねに聞いた時に、彼はお酒は嗜む程度で飲めるという話を聞いていたので、ある所までは飲めるとは思うが、まさか日本酒を飲むとは……。
——酔っぱらって泥酔してしまったら、自分に味方がいなくなってしまう……。
小春は能美とたわいのない話で盛り上がっているし、くるみはくるみでこの後の勉強会で忙しくなると思うし……。
不安に駆られて、思わず真を睨む。
「あれ、いけなかった?」真は苦笑いを見せる。
「いえ、別に……」
その後に、真の机の前に日本酒が置かれた。
「兄ちゃん、ちゃんと飲めよ。では乾杯」
能美は真に聞こえるように言って、二人はそれぞれ猪口に入った日本酒を飲み干した。
——やっぱり、飲んでしまったか……。
くるみは、酒のことはあまり詳しくはないが、ビールと違って日本酒というのは甘くて飲みやすいというイメージがある。
それにアルコールの濃度も強い。
今日は、勉強会が終わったら、即部屋にこもって明日の夕方まで風呂以外は出ないようにしよう。
くるみは前に置いてある、残した料理を見ながら、ウーロン茶が入ってあるジョッキを手に取り飲み干した。
能美は日本酒を自分の猪口に注いでいる時に、くるみに言った。
「なあ、くるみちゃん。今日の勉強会の工程はどうなってるの?」
「一応、今回の予定は」くるみは自分の持っていたポシェットを自分のひざ元に乗せて、開けて中から小さなメモ帳を取り出した。
「可愛いですね」
そのメモ帳がクマの絵が付いてあるメモ帳だったので、思わず隣で食べながら見ていた小春が言った。
「あ、ありがとう。最近買ったんだ。でも、葉子先生はこれを見る度に嫌な顔をされるんだけどね」
真は葉子がそのメモ帳をくるみが持っている時の表情を想像した。お世辞にも葉子はファンシーなキャラクターが好きだとは思わない。叱られたこともあるだろうか。
「それでも、使おうとしたんですか?」
小春は麦茶が入ったグラスを飲み干して言った。
「そうね。元々好きなの。こういうの……」
「へえ、でも、くるみさんは占い師っぽくないですよね」
無神経にズケズケと歯に衣着せぬ発言をする小春に、流石のくるみも苦笑いを見せた。
「それで? 勉強会は何時まで行う予定なの?」
と言ったのは、響花だ。
「すみません、一応、日を跨いで二時までの予定です」
「二時? ! そんな長い時間何を勉強するの?」
と、神門はお腹がいっぱいになったので、椅子にもたれかかって深呼吸を整えていた。
「そうですね。毎年行っているのが、座学と瞑想、あと……」
「あれでしょ。黒魔術と降霊術」
玉葉は中田が持ってきた、炒飯をレンゲですくって口に頬張った。
「黒魔術と降霊術……」
真は思わず呟いた。
その時、外の音が一気に激しくなった。雨の音だ。
「雨が降って来たな。これで雷も鳴ったら一丁前だな」
能美がニヤッと笑うと、それに応えるように雷が轟いた。
「キャッ」
と、軽く悲鳴が聞こえた。真は隣を見るとつむぎは目を閉じて恐怖に怯えている。今の雷は近かったが、雷にこんなに怯える女性は初めてだったので、何だか可愛い姿を見たと真は半ば喜んでいた。
「大丈夫だよ。ここは室内だから……」
真はつむぎをなだめた。
「それにしても、遅いですね伊知郎さん……」
くるみは苛立ちを見せていた。
「こんな雨じゃ、丘を駆け上がるのにも一苦労だぜ」
と、能美は本当に心配しているのだろうか? ニヤニヤ笑っている。
「ちょっと私、表に出て外の様子を見てきます」
くるみは立ち上がった。
「くるみ様。どちらへ?」
ずっと立って、みんなの話を聞いていた白石はくるみに近づいた。
「外に出て、客船がどうなってるのか見てきます」
「くるみさん……。一人で大丈夫ですか?」
つむぎはくるみを見上げるように言った。
「大丈夫。白石さん、ちょっと付き合ってくれませんか?」
「私で良ければ……」
二人は食堂を後にする。
「僕たちも行こう」
真もくるみが心配になってつむぎを誘った。つむぎは「はい」と、立ち上がった。
「あたしも行くよ」
口に入れていた食べ物を豪快に麦茶で喉に押し込み、小春は言った。
三人も二人を追って食堂を出ようとすると、「俺も混ぜていいか?」と、能美はピエロのような三日月のにやけた目で笑った。
「いいですよ。一人でも多かった方がいいですから」
四人は先の二人に続いていった。
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