第29話 くるみのおねだり

「ねえ、今日だけつむぎちゃんの部屋で一緒に寝ていい?」

 そう言ったのはくるみだった。

「え、あ、はい。喜んで」

 つむぎは目を輝かせていた。何せつむぎにとっては唯一まともな占い師なのだから。お姉さん的存在にも見えるくるみを徐々に尊敬していた。

 洋館の廊下は、冷房は通っていなくて、もわっとした暖かな空気がまだ酔っている真の胃を圧迫していた。

「うっぷ」

 思わず真は口を押える。

「大丈夫ですか、真さん」

 と、つむぎは背中を摩る。

 初めて彼女の口から『真さん』と、聞いた時、真はどこかくすぐったくて、でも嬉しかった。

 その光景を見ていたくるみはフフフと笑った。

 つむぎはくるみの方を見る。

「ごめんなさい。何だか微笑ましいなって……」くるみは慌てた様子で言った。

「あたしたちだからそうかもしれませんけど、お姉ちゃんもいたら、お姉ちゃん絶対に真さんを介抱しなかったですよ」

 つむぎはそう言いながら、「大丈夫ですか」と、真を見る。

「ああ、大丈夫」

「でも、飯野さんってお酒を飲むと人格が変わるんですね」

 そう言ったのは、小春だった。彼女は頭の後ろで手を組み、見下すような視線で真を見た。

「そうかな……」

 と、真は何度も深呼吸をしている。

「だって、事件が起きるまではちょっと挙動不審な人だったけど、飲んで事件が起きた時、リーダーシップを発揮するくらい、頼もしい人になったような気がしますけど」

「ははは、どうかな……」

 真は愛想笑いを見せた。とにかく今は早く自室のベッドに横たわりたい。


「じゃあ、あたしはここで。また、明日」

 と、小春は自分の部屋に入って、ドアを閉めた。

 その隣のつむぎの部屋に、くるみはお邪魔する。

「ごめんね。一人じゃあ、どうしても怖くて……」

 彼女は身体を震わせている。細身の体形なので、余計にノイローゼにかかっているように見える。

「いいですよ。あたしも一人じゃ怖かったので……」

 そのやり取りを聞いていた真は、それなら自分の部屋に着たらいいのにと、邪な妄想に囚われてしまい、慌ててかぶりを振った。

「どうしました。飯野さん、まだ気分悪いんですか?」

 と、くるみはきょとんとした顔で真を見る。

「いや……。とにかく、まだ酔ってるみたいだから、ベッドに横になってるよ」

「じゃあ、また明日」

 と、つむぎは手を上げ、「じゃあ」と、真もそれに答えた。

 彼は自室に戻って、すぐにベッドに横たわった。当然、風呂にも入っていない。いや、誰も入っていないのか。

 着替えも持って来ていない。今回はジャーナリストとして占い師の裏側を書くつもりだったのだが、まさか殺人事件が起こるとは……。

 しかし、小春が先ほど言ったように、自分はアルコールを摂取すると人格が変わってしまうのか。

 いや、それはないはずだ。今までビール口にしたことなんて何回もある。

 ということは日本酒か?

 あの日本酒は、確か中田が地方の特産品であり、高級な日本酒だと言っていた。アレに何かが含まれていて、それが自分の脳を狂わせて、人格を変えたのだろうか……。

 まさかな……。

 でも、今回の事件には謎が深いし、まだ殺人事件が起きるかもしれない……。

 そう考えていると、真は一気に睡魔が襲ってきて、眠りについた。


 トゥルルルル トゥルルルル

 その音が鳴って真が起き上がった時は、まだ部屋のカーテン越しからは外が暗かったので、まだ深夜だと確信した。

 電話音だ。内線電話が鳴っている。真は頭が痛かった。どうやら昨日の日本酒のアルコールが響いているらしい。

 しかし、何か問題が発生したと思い、彼は急いで内線電話の受話器を取った。

「もしもし」

「あ、飯野さん。つむぎです……」

真は電話の相手がつむぎで安堵した。「つむぎさん。どうしたんだい?」

「女子トイレでくるみさんが刺されました」

「何だって!」

 真は一気に頭が真っ白になった。

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