第28話 館内巡回
「それで、何かわかったんですか?」
帰ってくるなり、小春はスナック菓子を食べながら真に言った。
「勝手口に誰かが通ったと思われる、玄関に砂が落ちてた。これは犯人が外部から利用したと考えてもいい」
そう答えると、小春は一気に青ざめた。
「やっぱり……、伊知郎さんが……」
「もう、伊知郎でいいよ。あいつが犯人としか考えられない」
と、能美が加担しつつ、小春の肩を抱き寄せた。
真は腕組みをして考えていた。本当に伊知郎さんがこの場所に隠れているのだろうか。
つむぎは隣で真に言った。
「厄介なことになりましたよね」
真はその言葉に一瞬、つむぎも疑ってしまいそうになっていた。
「どうしました?」彼女は真を見る。
「いや、何でもない。どうやら日本酒の飲みすぎだ」
「あれほど、能美先生に勧められたら、断れないですもんね」
「ははは」
真は思わず苦笑した。
「それよりも探偵さん。もう十時回ってるぜ。これからどうする?」
能美は真に言った。さっきとは打って変わって笑顔を見せている。
「そうだな。神門先生も響花先生も疲れてるし、ここで一夜明けるのもいいと思うけど……」
「ちょっと、待ってよ。この食堂でみんなと寝るの。勘弁してよ」
そう神門は立ち上がった。彼女の机には中田が持ってきたのか、クッキーとグラスにはコーヒーが入っていた。
「そうよ。あたしたちは占いとしてはライバルなのよ。こんな場所で、みんなで和気藹々と寝るのは違うんじゃない」
と、響花も真を睨みつける。
「だったら、自室に戻ってみたらどうですか? ただ、絶対に鍵を掛けてくださいね」
真は半ば煩わしさを感じていた。
「えー、あたしは嫌だな。伊知郎がこの館内にいるかもしれないんでしょ」
と、小春はミルクティーを飲み干す。
「探偵さん。それだったら、俺達で一回館内を巡回したらどうだ? その後で各自自室に戻って鍵を閉めるっていうのは?」
能美は相変わらず小春の肩を抱く。相手は未成年だぞと真は内心むしゃくしゃしていた。
「分かりました。取り合えず、男性陣が三十分ほど巡回をしてみます。女性たちは自室で待機してください」
「くるみちゃんはどうするの?」
玉葉は言った。
「くるみさんに関してはこのまま気を失っているようだったら、そのまま食堂で待機をします。その場合は僕とつむぎさんの二人もここで一夜を明かします」
と、真はつむぎを見た。
「いいよね」
つむぎは強く頷いた。
巡回は真、能美、中田、白石の四人が、懐中電灯を持ったまま、室内を回った。
各自が使う部屋以外にも空き部屋が十室ほどあり、そこを探索した。もちろん部屋の明かりはつくので、懐中電灯はいらなかった。
一つ一つ、伊知郎の他に何か変なものが無いか確認したが、これといって何もなかった。
館内は図書室もあり、図書室にはたくさんの占いの本で埋め尽くされていた。葉子はこの一冊一冊を読破したのだろうか。
銭湯もあった。露天風呂もあった。今日は使うはずはない。明日になれば気分でも晴れるのだろうか。
厨房には、色んな食品があった。もちろん中田が作っていた料理、またはこれから作るはずの食品だ。冷蔵庫にはジュースや洋酒、ビールも大量にあった。
「これはどうやって購入したんですか?」
真が中田に聞く。
「一週間前に色んな業者が今日の為に来航してくるんだ。だから、相当なお金が掛かってるんだ」
「なるほど……」
今回の参加者は十人ほど。過去には参加者がもっと多かったのだろう。どうして葉子は大勢の人を呼ばなかったのだろうか。
「後は、葉子先生の部屋だな」
中田は大広間に出て、二階の彼女の部屋のドアを見上げた。
「もういいだろう。あんな物騒な殺され方をした死体を見たくはない。しかもババアだぜ」
と、能美は肩をすくめて両手を上げた。
すると、中田は思わず能美を睨んだ。
「おお、怖……」
能美は真の後ろに隠れた。
「まあ、中田さん。流石に僕らも変わり果てた葉子先生を何度も見るのは正直骨が折れます。先程僕は捜査しましたし、大丈夫です」
「……分かりました」
中田は肩を下ろした。それほど葉子に恩があるのだろうか。
「これで以上です。結局伊知郎さんはいなかったですね」
白石はまるで他人事のように言った。
「まあ、今頃外でテントでも張って嵐が静まるのを待ってんだろう。俺達も武器を持った方がいいんじゃないか?」
と、能美。
「何かあれば、内線電話で伝えましょう。取り合えず一夜を開ければいいんですから」
「黒魔術や降霊術よりも怖くなって来たな」
自分がせっかくみんなを安心しているのに、この能美という男は不愉快な発言ばかり言いやがって、と、真は内心腹立たしくなりながら食堂に戻った。
すると、そこには異様な光景があった。
何と、くるみが起き上がっていたのだ。
彼女は自分の席に座り、つむぎと話をしている。
「どうだった?」
と聞いたのは玉葉だった。
「いや、何も分かりませんでした。結局伊知郎さんが侵入しているのかでさえも……。それよりもくるみさんは目が覚めたんですね」
真はくるみを一瞥して玉葉に言った。
「そうよ。あの後、暫くして目が覚めたのよ。でも、先生のことがショックだからあんまり刺激を与えないでね」
「いえ、玉葉さん大丈夫です。私も出来る限り捜査に協力します」
くるみは机にホットミルクが入ってある陶器のコップに口を付けた。
「ありがとうございます。一つだけ皆さんにアリバイを聞いてるんです。くるみさん、七時半にこの部屋に訪れるまでどちらにいてました?」
「私は」と、彼女はコップを机の上に置いた。コトンという音が鳴った。「この館に入ってまず先生の看病して、その後は自室に戻ってました。先生は体調が悪く、今夜の勉強会は参加できないと言われたので、伊知郎さんとどういうふうに勉強会を進行していくか考えてました。しかし、待っても伊知郎さんが洋館に訪れる気配もないし、もちろん私の部屋に来ることもない。暫く一人で勉強会の進行を考えていたんですが、気が付けば七時半前で、それで洋服を着替えてこの部屋に来ました」
――そういえば、この勉強会に参加するにあたって、みんなそれまでの服装と違った衣装を着ている。
「皆さんは、どうして衣装を変えたりしたんでしょうか?」
「私は、占い師としての服装はいつもこの衣装でやってるから、勉強会でもこの服装で挑みたいと思ったわよ」
と、玉葉が言って、つむぎは最初に彼女の前で鑑定してもらった時の煌びやかで奇抜な衣装だったことを想い出していた。それが今玉葉はその服装を着用している。何だか響花も神門も奇抜なファッションなので、そういう仮想大会が勉強会の一つなのだろうと勝手に決めつけていた。
「それにしてはくるみさんは凄くカジュアルな服装ですよね。長袖のシャツにジーンズって……」
「まあ、私はあんまりそういう服装は似合わないと思いまして……」
くるみは頬を掻く。
「占い師の服装なんて、人それぞれよ。私はずっとチャイナ服だけどね」
と、響花はまたタバコを吸っている。
「なるほど……」
真がそう納得すると、同じようにタバコを吸っていた能美が言った。
「おい、あんちゃん。伊知郎もいないんだから、もうそろそろお開きにした方がいいんじゃないか。みんな疲れただろう」
「そうね。さっさと部屋に戻りたいわ」
そう言ったのは神門だった。彼女は中田が作ってくれたのか、グラスに入っているカクテルを飲んでいる。
「分かりました。皆さん、再三再四言いますが、戸締りだけはきちんとしてくださいね。ドアをノックしても簡単に開けないで。そして、怖くなったら内線電話で助けてもらいましょう」
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