第5話 客船にて1

「しかし、つむぎさんが占いに興味があるなんて知らなかったよ」

 そう言ったのは、二十過ぎの若い男性で、今日は暑いが船に乗るからもしかしたら風が吹いて肌寒いと感じ、Tシャツ一枚に、カーディガンを羽織っている。灰色のショルダーバッグを肌身離さずに持ち歩いている。中身は手帳とノートと筆記用具、後タブレットとデジカメも入れていた。男性なのに目が大きく、可愛い女性のような顔つきの飯野真である。

「え、ええ」と、つむぎは真から目を逸らした。小春と玉葉に言われてどうしても断れなかったと彼女の秘めた高いプライドからだと、とても言えなかった。

 二人は今、客船の甲板にいた。向かう場所は遠くの離れ小島なので、それなりに速度を上げている。予想していた通り、風が強く、真はカーディガンのボタンを閉めていないと服が飛ばされるほどだった。

 つむぎは青のワンピースを着ていて、ポシェットを肩から掛けていた。普段制服しか拝見していなかったので、真はドキッとしていた。

「しかしさ、これのどこが豪華客船なのよ。確かに客船ではあるけど、豪華ラウンジがあるって聞いたけど、小さなラウンジだし、一応一人ひとりに部屋はあるけど、普通の客船じゃん」

 隣にいる小春は甲板から見える海を眺めながら、吐き捨てるように呟いた。金髪に染めたショートカットの女性を見て、この女性がつむぎの友達なのかと思うと、もしかしたら自分はつむぎの清楚な印象は間違っていたのかと疑っていた。

 すると、真の後ろから女性の声が聞こえた。「あら、あなたたちここにいらしたのね。どう、船に乗るのは初めて?」

「はい、初めてです。なので、船酔いしないか心配で……」つむぎはその女性――玉葉に身体を向けて、股部分に両手を持って来て、丁寧に接した。

「うふふ、あなたは丁寧で繊細な部分も兼ね備えた、占い師にとても向いているわ。葉子先生もきっとお気に召されるはずよ。ところで、こちらの方は」

 玉葉は真を見た。彼と目が合う。

「飯野さんと言って、出版社に勤めるジャーナリストの方です。探偵をやってるお姉ちゃんの助手の方で……」

「よろしくお願いします」真は丁寧に頭を下げた。

「へえ、あなたも繊細な方だわね。女の子だと思ったわ」

「あはははは……」頭を掻きながら真は苦笑いを見せた。

「ジャーナリストということは、今回の占い師たちを取材して、それをコラムにするとか?」

「まあ、僕が勤めている天橋出版社はオカルトや未解決事件などを書いてまして。今回はつむぎさんのお姉さんのあかねさんに誘われて、この占い師たちが集まる勉強会に楽しんできたんです」

 すると、玉葉の顔つきが変わった。「未解決事件……?」

「ええ、日本ではいろんな未解決で終わってしまってる事件が多いので、それを何とか解決で来たらなんちゃって」

 真は照れて頭を掻いていた。

「あはははは」と、玉葉は声だけ笑ったような顔つきになっていた。真は何か隠していると見抜いた。

「何か、未解決事件というのが引っ掛かるんですか?」

「いえ、別に……。あ、葉子先生」

 玉葉は真たちから視線を逸らして、葉子を見ていた。真たちもその視線の方向を見る。

 そこには六十代の恰幅のいい老人が杖を突きながら歩いてきた。オシャレなサングラスを掛けていて、両手首には大量のブレスレットかつけられていた。真は一目でお金持ちだと感じた。

「あら、あなたが連れてきた子たちかい。可愛い子たちじゃないかい」

 荒木葉子は、顔は若くて活気があるようには見えたが、杖を突いている通り、足が悪いようで左足を引きずっていった。

 また、彼女の後ろには二十代ほどの男性と女性がいた。女性はどこにでもいるような至って清楚でおしとやかな雰囲気があった。男性はおしゃれなジャージ姿でラフな格好だったが、彼も右手に指輪を二つ装備していて、左側には真珠のブレスレットを付けていた。

 何となく威圧的な葉子に対して、玉葉もかしこまっていた。その為、真が最初に口を開いた。

「今日と明日よろしくお願いします」彼は頭を下げた。

「はい、よろしく。あなたは男の子かい? 女の子だと思ったわ」

 少しハスキーな声で、低音ボイスの葉子は一般よりも愛想が悪いように見える。年齢と共にたるんだ皮膚がそれを更に物語っていた。

 真は愛想笑いを交わした。「良く言われまして……」と、頭を掻いた。

「この子があんたが言ってた、占い師の原石と言ってた子かい?」

 葉子は玉葉を見上げるように言う。

「いえ、私が言ったのはこの方ではなくて、こちらの子です」

 玉葉は右手をすぼんでつむぎを差した。

「あ、はい。笹井つむぎと申します。玉葉先生に褒められまして、今日勉強会に参加しますので、よろしくお願いします」長髪の彼女はなびく風で髪を右の耳に掛ける仕草をしながら、丁寧に頭を下げた。

 葉子は何度もうなずき、後ろにいたおしとやかな女性に言った。

「何だか当時のあんたに似てるわね。繊細な部分が。本当にあんたが言ってた通り、光る原石みたいね」

 葉子は口角を上げて白い入れ歯を見せて笑った。

「そうでしょう。きっと葉子先生は気に入るかと思ったから。私は是非ともと思いまして……」

「フフフ、これで私の後釜もたくさんいて、いつ逝っても可笑しくないわね」

 そう呟く葉子。冗談のような冗談ではないような発言をして、真はどう切り返したらいいのか分からず、とにかく黙ることにした。

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