第6話 客船にて2

「あの、すみません」

 と言ったのは一番後ろにいた、内田小春だった。彼女は手を上げて言った。

「玉葉先生、こちらのお方はどなたでしょうか?」

「ああ、紹介するのを忘れてたわね。この方こそ荒木葉子先生と言って、今や占い師の中では知らない人はいないほどのテレビに出てるカリスマ的占い師よ。今はいろんな場所に占いの店を構えていて、そこを経営しているオーナーさんでもあるの。お弟子さんが何十人もいてね」と、玉葉。

「そうね。でも、あんたもお弟子なのに、別のところに行ったことは許さないけどね」葉子は玉葉を睨んでいる。

「私はまだまだ経験として一旦別の占い店で働いて、また近々戻るって言ったじゃないですか」

 玉葉は少し声がうわずいている。

「お嬢ちゃんは、占いに興味があるの?」葉子は小春を見た。

「はい、あたしはある男の子と結婚したくて、それでどうすればいいのか聞きたくて玉葉先生のところに訪れました」

 小春は言った。

「ふーん、威勢がいい子だね。あたしゃ、あんたみたいな元気のある子も嫌いじゃないわよ。まあ、礼儀礼節はちゃんとしてたらの話だけどね」

「ということは、占って頂けるってことですか?」小春は目を輝かせた。

「それとこれとは別よ。私に占いは鑑定料十万円いるんだから」

「十万円!」

 と小春とつむぎは口をそろえて言う。と互いの顔を見て恥ずかしそうに小春は言った。

「十万円もするんですか?」

「そうよ。これでも大分サービスしてる方なのよ。あたしゃ、インドや中国などの各地に回って占いの勉強をしてきたのよ。だから、占いに関しては誰にも負けやしないわ」

 そう言って、威厳を保つ葉子に対して、本当かよと、真は苦笑いを浮かべた。

 すると、葉子は真に言った。

「あんた、今嘘だと思っただろう。あたしゃね、今までこういった占いを冷めた目で見る奴なんてたくさんいたのよ。そういった奴らはみんなひもじい思いをして暮らしてるわ。あたしの言うことを信じてないからよ」

「へえ、芸能人の方とかも見られたんですか?」小春は両手を組んで祈りのポーズを取りながら、ときめいていた。

「ああ、もちろん。あたしは特番によく出てたわよ。スポーツ選手、俳優、アイドル、お笑い芸人みんな見てきた。あたしのいうことに反対していた芸能人はみんな消えていったけどね」

「へえ、そんなことが……」

 つむぎはうろたえていたが、真と同じ半ば半信半疑だった。

「まあ、先生。テレビに出てるのは、僕の方が多いですけど……」

 そう言ったのは、後ろで手をポケットに突っこんでいた、二十代の男性が言った。

「まあ、伊知郎。あんたには敵わないわね。この子は伊知郎と言って、未来を当てる予言をテレビで公開したら、それが当たってね」

「そうだよ。僕が三カ月前に関東に強い地震が来るってテレビで予言してたのさ。それが一週間前に本当に起こってしまった。みんなビックリしてるよ」

 テレビに出てるという発言で、ようやく真は伊知郎をブラウン管でそういえば観た気がした。予言者の番組はオカルト雑誌にとっては注目したい番組だ。

 外国人の予言者も出ていた番組で、唯一、若くて日本人だった伊知郎は何だか華奢な上に気障な人間だと思っていたのだが、彼は的確に日付まで予測していた。

 その日時は若干外れていたが、丁度六月に関東で地震が起きるというのは、当たっている。しかし、単なるまぐれにしか過ぎないのではないのか。

 真は腕を組んで疑いの目で見ていた。すると、伊知郎は言った。

「おいおい、君はオカルト雑誌を記事に書いてるジャーナリスト何だろう。そんな目で見るなよ」

「あ、すみません。そのことに関しては僕も興味を持っていたんです。どうやって予言をしたのか。その予言方法があるのであれば、救えて頂きたいと思ってるんです」

「予言はタロットを使ったんだよ。それにこの予言は運よく当たったこともあって、全てはカードが示してくれるからな」

「タロットって?」

 と、つむぎは言う。

「タロットとは七十八枚で構成されてる占いに使われるカードさ。正位置と逆位置というのがあって、それぞれに意味合いが違うんだ」

「正位置? 逆位置?」

 つむぎはどこか占いに興味を持っている感じを出さないといけないと思って、聞いたのだが、頭がこんがらがっていた。

「例えばこれはマジシャンというカードなんだけど」と、伊知郎はポケットからタロットのカードの箱を取り出し、一枚目を手に持った。

「これが正位置だったら、出発とか物事のはじめということを意味するんだ。しかし」と、彼はカードの向きを逆に変えた。

「裏だったら物事を始めるまで色々躊躇したり、優柔不断になっているって示してる。そう読めるんだ」

 真は何となくタロットカードは知っている。とはいえ、不気味なカードであるというくらいでしか分からないのだが、伊知郎が持っているのは至ってシンプルなカードであった。

「なるほど……」つむぎはまた髪を耳の裏に掛ける仕草をしながら相槌を打った。

「ちなみに、このタロットは伊知郎さんがプロデュースして作ったのよ」

 と言ったのは、後ろにいた二十代の女性だった。

「へえ、プロデュースするなんて凄い。これって一般に売ってあるんですか?」

 小春はカードを一瞥して、その後、伊知郎と二十代の女性、くるみを見た。

「そうだよ。大きな本屋なら売ってるかもしれないね。通販だったら間違いないけど……」

「でも、どうして、自分のカードを作ったんですか?」

 と、つむぎ。

「タロットの絵はどうしても一般の人には受け付けられないんだ。不気味な絵が特徴だからね。だから、誰にでも手に取りやすいように、本来のカードよりも可愛いような絵柄になってるんだ」

「へえ……」

 つむぎは感嘆している。何だかつむぎが伊知郎を尊敬してしまうのではないのかと、前からつむぎのことを想っていた真にとっては、気が気でなかった。

「伊知郎は私の自慢の弟子だから、これからさらに飛躍すると思うわ」

 と、葉子。

「それだったら、伊知郎さんに占ってもらおうかな。この後、ラウンジの方でお願いしてもいいですか?」

 小春は手を合わせて、頭を下げた。

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