第32話 捜査
朝食は中華粥、ザーサイ、煮卵、ピータンという、昨日の豪華なコース料理ではなく、質素だった。
中田もこちらにやってきて座って食べた。どうやらみんな、くるみ以外何事もなかったようだ。
神門と響花はくるみが足を刺された話は親身になって聞いていたが、それ以外は話を膨らませるわけではなく、早くこの場所から離れたいのだろう、何も喋ることもなかった。
「小春ちゃんも、疲れたでしょう? 昨日は?」
玉葉はいち早く朝食を食べ終えた、彼女に言った。
「そうですね。でも、能美さんがいつまでもいてくれたから……」
すると、能美は恥じらった。
「おい、禁句だって言っただろう」
「そうなんですか、能美さん?」
玉葉は彼に対して睨んでいた。
「アレだよ。ほら、実際にくるみちゃんも伊知郎に襲われたみたいだしさ。危ないだろう、一人じゃあ」
「まあ、そうですけど。大丈夫だった? 色んなことされなかった?」
玉葉は親身になって、小春に言う。
「危ないこと? まあ、この暗い夜の中で、熱い夜は過ごせました」
と、彼女はウインクをして能美に目配せをする。
「おい、ちょっと……」
能美はたじろぎながら、思わず神門の方を見た。彼女は淡々と食事をとっている。
「それって、犯罪に当たるんじゃないの?」
玉葉は確かめるために、何故か真に聞いた。
「内田さんが十八歳じゃなかったら児童買春罪に当たる可能性はあります。例え同意の上でも」
「フン、いつまでも若い子に対してはお盛んなことね」
響花はまるで独り言のように呟いた。
「おい、お前は、年いくつなんだ?」
能美が小春に聞く。
「十八だよ。大丈夫だよ。先生」
「あー、良かった。すまんシェフ、ビールくれないか?」
そう言って、能美は空のグラスを中田に差し出す。
「朝からビール? いいけど……」
中田は席から立ち上がろうとした時、真も意を決して言った。
「すみません、中田さん。僕も昨日の日本酒いただけませんか?」
すると、全員が真に注目した。
「え、飯野さんも飲むの?」
玉葉は口をあんぐりしていた。
「あ、はい。この方が、捜査が進むような気がしまして……」
「おい、若造も呑兵衛だなあ。シェフ、昨日の日本酒まだ残ってるんだろう。出してやれ」
能美は椅子にもたれて態度を大きくして、叫ぶように言った。
「……分かった」
中田は真に一瞥して立ち上がった。
「朝から飲むなんて、相当精神いかれてる人しかやらないよ」
と、響花はまた呟いた。
ハハハと、苦笑いを見せる真。そのやり取りを見て恥ずかしくなったつむぎは俯いていた。
食事を終えた後、真とつむぎは二階の葉子の部屋に入った。
「うっ」
二人が訪問した時に思わずつむぎは、葉子の変わり果てた姿を見て尻込みをした。
「大丈夫かい?」
真はつむぎの方見る。
その時、彼の口から漏れる酒臭さも感じて、心の中は拒絶な気持ちと、あかねに対して解決したい気持ちの二つが混ざり合って複雑な思いだった。
「……大丈夫です」
二人は早速葉子の室内に入った。
「当り前だけど、昨日とは変わってないな。それに白石さんがきちんとドアに鍵を掛けてたし、犯人は侵入出来なかったのだろうか。それとも侵入する必要もなかったのだろうか」
「深夜にってことですよね」
つむぎは葉子の机の上に置いてあったであろう、写真立てが落ちていたのを気づいた。
……写真を見る。
そこには葉子と一人の少年がカメラに写ってピースサインを見せていた。
「これは伊知郎さんですかね?」
つむぎが言うと、真もそれを見る。
「まあ、十年以上前だし、男の子は長髪だから姿は別人だけど、伊知郎さんのチャームポイントの涙ほくろがあるから、間違いないね」
――この時は、多分伊知郎さんは本当の母親が隣の人だって知らなかったんだろうな。
「やっぱり写真立てに収めるくらいだから、相当伊知郎さんのことを可愛がっていたんですね」
つむぎは写真立てを机の上に置いた。
すると、真は口元を摩った。
「どうかしました?」
「いやあ、可笑しいなって……」
「可笑しい? この写真がですか?」
「違うんだ。犯人は包丁で葉子先生の背中を一突きで刺した。先生はベッドの横でうつ伏せに倒れた……。でも、その写真立てを落とすほど揉み合ったのかな」
つむぎは部屋を目で見渡した。
「確かにこのベッドのシーツもしわくちゃにはなってないですね」
「でも、何かを言われたはずだ。それで犯人はカッとなって殺害したんじゃないかな」
「でも、揉み合ったとしたら、葉子先生は背中に刺されることはないですよね」
「刺されたとしても、逃げる為に室内は荒らされたような感じになるんじゃないかな」
次に真は窓を開けた。外は快晴の空だった。ミンミンゼミが鳴いている。ここから見れば海も見られるし絶景である。
真はバルコニーの手すりを見た。やっぱり、何かをロープのようなものを固定させて、それを強く縛ったような跡がある。
真はそのバルコニーから、一番手前の木の枝を見た。あそこだったら何回か試せば引っ掛かるかもしれない。
真はポケットから双眼鏡を取り出した。
「何をしてるんですか?」
後ろからつむぎが言った。
「このバルコニーの手すりの傷の正体を探してるんだ。アレの可能性が高いな」
真は暫くして双眼鏡を戻した。
「どういう事ですか?」
つむぎは首をかしげていった。
「ちょっと、外に出てみよう」
真はバルコニーから部屋に戻り、ドアの方に行く。
「待ってください。あたしも行きます」
つむぎは一人になりたくなかったので、急いで真の後に続いていった。
外は湿気が無くからっとした暑さだった。このまま立っているだけで熱中症になっても可笑しくないほど、身体が汗ばんでいた。
真は裏に回り葉子の部屋のバルコニーを発見すると、先ほど見ていた大きな木を見た。
すると、森の中に入っていく。
「ちょっと待ってください!」
つむぎが大声を出して、ようやく真は立ち止まった。
「ゴメン、一人で勝手に進んでしまった」
「いいんですけど、どうして外に出たんですか?」
「もしかしたら、犯人はロープを使って木に引っ掛けたんじゃないかなってね」
そう真は頭上にある大木を指差した。
「引っ掛けてどうするんですか?」
「引っ掛けて移動するんだ、犯人は……。僕の予想が当たったなら、犯人はフックが付いているロープを使ってこの木の枝に引っ掛けたと思う。ちょっと登ってみる」
「登ってみるって、真さん、木に登ったことあるんですか?」
「無いよ」
彼は即答で答えて、思わずつむぎはズッコケそうになった。
「その真相確かめるためには、はじごを持ってきた方がいいですよね」
「まあ、そうだね」
真は笑いながら頭を掻いた。
――もう、この人は頭が切れるのか何なのか……。
つむぎはそう思いながら、苛立ちを見せながら、内心面白い人だなと笑っていた。
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