第31話 日本酒の効果
真が目を覚ました時は、食器の音と、厨房から野菜を茹でた匂いがした。
先程の静まり返った時に比べれば、明らかに騒がしい。彼は起き上がって、すぐさま掛け時計を見ると、そこには六時半だった。
あれから、三時間以上眠りについていたのか。……つむぎとくるみは!
真は気づいて、二人を見ると、つむぎはこちらに目を合わせた。
「真さん、起きたんですね。もうすぐ、皆さんと朝食になります」
「ああ、そうなんだ」
――そういえば、パンフレットには七時に朝食と書かれていたな。
「ところで、他の占い師の人たちは?」
と、真が聞く。
「今支度をしてるところです。私も自室で部屋を着替えるんで」
「ああ、それなら一旦部屋に戻ろうか。くるみさんは?」
「私はここにいます」
彼女はつむぎが長時間看病してくれたので、大分痛みが引いていたらしく、血色がよかった。
白石も確認することが出来た。彼は厨房に入っている中田の手伝いをしているようだ。
「じゃあ、僕たちは七時に食堂に入るので」
と、真はくるみに言い残して、各自、自室へ入った。
真は別に着替えも持って来てはいなかったので、何もすることはなかった。もしするのであれば風呂に入りたかった。
つむぎだって本当は風呂に入りたいはずだ。女性なんだから入らずに一泊は嫌なものだろう。
しかし、今のところはくるみの事件が起きてからは静かだ。このまま何もなく夕方に客船に戻れたら一番いい。
そして、警察に報告して、菅刑事とあかねの二人と再びこの館内で捜査をするはずだ。
……本当にそれでいいのだろうか。
あかねからの数知れない罵倒を想像する。自分が帰ってきたらきっと彼女から怒られるはずだ。
『どうして、事件を解決しなかったの?』
何て言われても可笑しくはない。
真はつくづく面倒くさい人だなと思いながら、窓の外を見ると、どうやら昨晩の嵐は収まっていて、外は晴れている。
どおりで、昨日よりも室内は熱く感じていたはずだ。
それにしても日が照っている。何とも気分が清々しいのだろう。
これならもう一回あの日本酒を飲んでもいい。
と、苦笑していたら、ノックが三回なった。
「はい」真は思わずドアの方に向かって言った。
「あたしです。つむぎです。時間がまだあるんでちょっとお話しませんか?」
まさか、つむぎからのお誘いが来るとは思わなかった。そういえば自分はつむぎに淡い恋心を抱いているのだ。昨日の葉子の件からすっかり忘却していた。この時に告白してみてもいいかもしれない。
と考えると、慌ててかぶりを振った。ダメだ、今は事件の途中だ。
空回りしながら、真はドアを開けた。
つむぎは昨日とは違う服装だった。彼女はブラウスにチノパンというカジュアルな姿だった。
「どうしました?」
と、真は半ばにやけていた。
「いえ、事件のことで話をしたかったので」
「ああ、事件のこと? いいよ、話そう」
真はインスタントの緑茶の袋が二枚しかなかったことを想い出した。
「ゴメン、白湯になるけどいい?」
「あ、これ持ってきました」
つむぎは自室からインスタントの緑茶の袋二枚持って来て、真は笑った。
「あ、丁度良かった、ありがとう」
「改めて聞きますけど、昨日の葉子先生の部屋を捜査した時は何もこれといった物が出てこなかったんですよね?」
「ああ、でも窓の手すりに何かを擦った後があったんだ」
「擦った後?」
「そうだ。アレは何かロープのような紐を括ったんじゃないかと思うんだけど、伊知郎さんが侵入したという床が濡れていないというのがあるから、伊知郎さんがロープを使ってそのまま家の壁つたいによじ登って、二階まで上がったのかと思ったんだけど、違ったみたいだね」
真は机の上に置いてある、ガラスのコップに電気ポットで白湯をついだ。
「ありがとうございます。その部屋をもう一回あたしも見たいと思ってるんですけど」
「え、いいけど。葉子先生の死体があるけど」
「大丈夫です。事件を解決しないとお姉ちゃんに怒られますよ」
彼女は真剣な表情だった。
どうやらつむぎもあかねに対しては、何とか期待に応えたいと思っているようだ。
「分かった。解決しよう。その為に、僕は今日も日本酒を飲むから」
「日本酒? 昨日真さんはあれ程酔っぱらって気分が悪くなった日本酒ですか?」
彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、あの日本酒。中田さんがいうには特産品なんだ。だから貴重なもので、それを僕が飲んだら何だか頭がスッキリして捜査に意欲的になれたんだ。だから、今日も飲むよ」
何を言っているんだこの人はと、つむぎは彼の発言に少し時間をおいてから言葉を口にした。
「……まあ、真さんがそういうのであればいいですけど、朝から飲むんですか」
「そうだね。まだ、日本酒は残ってるはずだから……」
――飲みすぎて、捜査どころじゃなくなったら嫌だな……。
つむぎは愛想笑いを見せるも、半ば苦笑いだった。
その時、その二人のやり取りをドア越しで聞いていた人物がいた。その人物はニヤッと笑いながら食堂の方に向かっていった。
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