第2話 その手を引っ張られ……

「あーあ、今日は誰も来なかった……」

 そう呟いたのは、つむぎの姉の笹井あかねだった。

 彼女は笹井探偵事務所の室内に、本人が利用している仕事用机で、退屈そうに欠伸をした。

一時から三時ごろまで雑用でパソコンをいじっていたのだが、それを終えると、今度はインターネットでネットショップの商品を閲覧していた。

 その間に、誰か客が来るだろうと思っていたのだが、来客はおろか、探偵事務所の電話も鳴ることもない。今日は依頼なしかと肩を落としていたら、階段を上がっていく音が聞こえてきた。

 もしやと目を輝かせていたら、現れたのは妹のつむぎだった。

「ただいま」

「おかえり。何だ、つむぎだったのか」あかねは不貞腐れた声で立ち上がった。

「何? あたしが帰ったら悪いわけ?」彼女は洗面台の方に向かっていった。

「いや、そういう訳じゃないけど。あんた、今日は、茶道はお休み?」

 つむぎは学校の部活――茶道部に入っていて、彼女曰く、静かな部活を楽しみたいということだ。つむぎの性格は引っ込み思案で、初対面の人とはあまり喋ることはない。しかし、打ち解けた人だと安心して会話をするのだが、基本喋りかけるのを待つタイプだ。 

 一方、あかねの方はつむぎとは真逆で、明るく好奇心が旺盛、楽しいことが好きで発想も豊かである。ただ、斬新な発想と、強すぎる正義感から目上の人とはケンカをしやすいというところもあるが。

 この二人、実は本当の姉妹ではない。どちらも実の両親の顔も見たことがなく、施設に預けられたのである。

 しかし、施設の人間が連れてきた実の父らしき人物から、「二人をよろしく」と、言ったので、てっきり姉妹だと勘違いしてしまったのだ。

 あまりにも似てなかったので、DNAで調べたらどうやら血のつながりが無かった。

 しかし、その時は施設に預けられて、八年の時が流れていたので、二人は血のつながりのない姉妹として、あたかも本当の姉妹のように仲は良いのである。

 性格は真逆だが、それが逆に上手くかみ合っているのか、ケンカもせずに、二人とも互いに想いやっている。

 つむぎは手洗いうがいを済まし、事務所の真ん中で手を腰に当てながら仁王立ちしているあかねに対して言った。

「今日は、ある女子がどうしても二階の占い屋に行きたいということから付き合ってということで、茶道部には行かなかった」

「ふーん、あんたってお人よしだね。あたしだったら絶対に一人で行けよって思うけどね」

 そう言って、あかねはまた自分の机に座り込んだ。

「今日は、お客さん来たの?」つむぎが聞く。

「来てない。まあ、こういう日もあるよ」あかねは机の上に置いてある携帯ゲームを取り出した。

「こういう日って、いつもじゃない。全く、お姉ちゃんももっと探偵の営業したら?」

「営業?」

「だって、あたしたちはお姉ちゃんの稼ぎを当てにしてるんだから。このままじゃ、いつまで経っても貧乏生活じゃない」

「それだったら、つむぎがバイトでもしたらいいじゃない。おっと、危ねえ」

 あかねはいつしか両手で携帯ゲームのボタンを押しながら、画面に集中している。

 つむぎは重たいため息をついた。自分が学校の規則で、禁止されているバイトをしていいのだろうか。確かに見つからずにコッソリしている生徒は沢山いる。もしバイトをしたとしても、家事や掃除はあかねはやってくれるのだろうか。

 すると、事務所のドアが開いた。カランカランとドアベルが鳴る。

 つむぎとあかねの二人はその先を見た。現れたのは内田小春の姿である。

 彼女は金髪に染め、化粧をしていかにも不良な雰囲気を醸し出していた。服装はTシャツと下はジーンズで、スリムな印象を受ける。身長は百六十センチといったところか。つむぎよりも少し背丈が高い。

 小春はすぐさまつむぎを見て目をキラキラさせた。「笹井さん。早く行こうよ」

「行こうって、まだ、あたし着替えてないけど……」

「いいじゃん、別に」と、小春はようやくあかねの存在に気づいた。「あ、すみません。妹さんをお借りしまーす」

「まあ、つむぎを借りるのはいいけどさ。本来つむぎがしたかったことを無理矢理束縛するの止めてくれる?」あかねは小春に向けて苛立ちを見せた。

「何を言ってるんですか、お姉さん。あたしは妹さんにお願いしたら、良いって言ってくれたんで。ねえ、つむぎさん」彼女はつむぎを見る。

「まあ、うん」

「だから、束縛してるわけじゃないですよ。それに、お姉さんも占い屋行ってみません?」小春はあかねに向かってウインクを見せた。

「あたしはそういった非現実なことが大嫌いなの! 行きたかったら二人で行ってきたらいいじゃない」

「あっそう。じゃあ、行こう」

 小春がつむぎの手を握って、つむぎは嫌々ながら事務所を後にした。

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