第1話 断れない誘い

「ねえ、聞いてよ祐実。あたし、もう龍馬君が好きすぎて。どうすればいいのか分からない」

「また? 小春。言っとくけど、牧野のどこがいいの?」

 西京高等学校の休み時間、高校二年生の二人の女子生徒たちは窓際に立ちながら、大声で話をしている。

「だってさ、昨日のバラエティー番組で、あんな笑顔を見たら格好いいってなるじゃん」

二人の女子生徒の内の一人、内田小春は両手を組んで、祈るようなポーズをとって天を見上げた。

「まあ、確かに牧野龍馬は人気があるから、好きになるのは分かるけど。でも、あいつは元ホストだよ。あたしは何だかなって思うけど……」

 もう一人の女子生徒、西本祐実は納得いかないようで腕を組んで、眉をしかめていた。

 牧野龍馬という人物は芸能人であり、今注目の若手の俳優である。バラエティー番組も多数出ているが、元ホストクラブ出身で、ナンバーワンを取り続けていた二十代半ばの男性だ。

高校生の女子から人気がある。

「いや、あたしもう好きで好きで、ファン歴半年だけど、芸能人になって龍馬君と一緒になる!」

 小春は無類の男性好きである。彼女は痩せ型であり、明るい性格ではある。その為、モテないわけではなかった。しかし、彼女は一般の男性が好みではなくて、テレビに映る華やかな男性が好きだった。コロコロと好きな芸能人が変わるのだが、この牧野龍馬に対しては、小春はゾッコンなようで、ブラウン管で一目惚れからすぐにファンクラブに入会し、半年が経過している。

 そんな行動だけは取り柄の小春に白い目で見ていた西本祐実は、「はいはい」と言っていた。

 彼女たちは仲の良い友達である。クラスの同級生でもあるが、友達に至った事の発端は、好きな男性アイドルが一緒で、どちらもミーハーだったからだ。しかし、小春が龍馬に心を奪われてから、今は祐実が彼女の話を聞く側になっている。

「そんな興味のない返事止めてよ。最近なんて、あたし占いにハマってんのよ」

「占い? へえ、初耳ね」祐実は目を見開いた。

「そうでしょ。近くにいい占い師がいるって話で、それが、的中率が高いって噂なのよ」

 すると、祐実はクスクスと笑っていた。

「何が可笑しいのよ」

「だって、占いなんて、ただの迷信でしょ。当たるも八卦当たらぬも八卦っていうじゃない」

「あたしは本気なのよ。本気で的中率の高い先生に見てもらって、龍馬君と結婚するんだから」

「それで、占いの店に行くの?」

「もちろんよ。今度初めて行くんだけど、ビルの二階にあるらしいのよ。まあ、ちょっと怖いけど……」

「止めときなって……」

 すると、小春は闘志を燃やして、右手を強く握った。

「いや、あたしは絶対に龍馬君と結婚するため、色んな試練を乗り越えていくわ!」

「もう、本当に小春は夢見がちなんだから」

 と、手を腰に当て鼻からため息を漏らしている祐実。と、小春は座っている誰かを見つけて、その人物の方に近づいた。

「ねえ、笹井さん。あなたの家って確か、安井ビルの三階にお住まいだったわよね」彼女は笹井つむぎに向かって言った。

「そうだけど……」つむぎは次の日本史の授業の為に教科書とノート、そして筆記用具を机の上に整理していた。

「あなたのところのビル、二階に占い屋さんがあるじゃない。そこってどんなところ?」

「どんなところって……」

 つむぎは顎に手を置いて考えてみた。確かにつむぎは姉のあかねと一緒に安井ビルの三階と四階に住んでいる。というか、姉のあかねは私立探偵なのだ。彼女が探偵事務所を三階で貸し切りとして使っている。四階では二人が住宅として使っているのだ。

 あかねはこれまでに、この西京高校の事件も解決したことによって名の知れた探偵なのだが、いかんせん、警察と一緒に解決したということになっており、その警察に雇われただけの報酬でしか受け取っていないということと、それまでは家計が火の車だったので、今にも潰れそうな五十年前から存在するひび割れたビルに滞在している。

 エレベーターもなく、階段はスペースが一人分ほどしかないので、上る人と降りる人のすれ違いが出来ないのだ。

 電灯も薄暗く、ビルのシャッターも錆びた音が軋む上に、かなり力まないとシャッターが開けられない。それほど、ビルは劣化していた。

 二階の占い屋は一年半前から開業したのだが、ここの占い屋はそれなりに評判が良く、特に最近は人気のある先生が入ったのか、占いに来る女性たちが多く見られていた。

 しかし、部屋の中は映画館の中のように暗いので、スタッフもいるのかよく分からない。つむぎは不気味な場所だなとあまり見ないようにしていた。また、姉のあかねは占いそのものに嫌悪しているくらいなので、その話題に触れることはあまりなかった。もし触れた場合だと、

「あの占い屋、早くどっかに行かないかな」

 と、頭の後ろに腕を組んで、あかねが呟くくらいだろうか。

 その為、情報というほどのものは持っていない。

「そこのビルに住んでいるんでしょ。お姉さんが探偵で有名なのは学校中で有名だから。何か詳しいかなと思ってね」半ばぶっきらぼうに小春は言った。

「ゴメン。あたしもお姉ちゃんもそれほど詳しくないんだ。そのお店のこと……」

「何だ、そうなの? でも、占い師の人とビル内で会ったら挨拶するんでしょ?」

「まあ、挨拶は交わすけど……。何で占い屋のことを聞くの?」つむぎは何となく予感はしていたが一応尋ねた。

「あたし実は相談したいことがあるのよ。だから、そこの占い屋に行こうと思ってね。玉葉先生という人が、凄く当たるって評判なのよ。ねえ、一緒に行かない?」

 そう言って、小春は祐実と違って根が優しいつむぎの片方ずつ手を握って、しゃがみ込みつむぎと同じ高さで顔を近づけた。

「え……、いいけど……」

 つむぎは小春の気迫に押されて、断れずに引きながら答えた。

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