第38話 犯行のトリック
真に続いて全員二階の葉子の部屋に入った。死体は昨日と同じように倒れている。無論血は固まっていた。
「あくまで推定時刻ですが、くるみさんは六時半頃にこの洋館で葉子先生に付き添って、先生のこの部屋に入った。間違いないですね」
「ええ、そうですよ」
くるみは焦りからなのか苛立ちを見せる。今までそんな様子を見せなかった彼女の姿に、つむぎは驚きを隠せない。
「その後に、葉子先生とくるみさんは話をした時に揉めた。そして葉子先生が後ろを振り返った時にくるみさんは昼間に盗んでおいた、中田さんの包丁で怒りに任して刺したのです。
本来、中田さんの包丁は、この場所で使うつもりはなかった。多分、葉子先生を介護した後に、取り合えず、自室で保管しようと思ってたはずです。そして、勉強会が終わってから犯行に及べばいい。
ですが、揉めた理由は分かりませんが、葉子先生の先にはジュエリーが沢山ある机に向かって殺されています。多分彼女はくるみさんにジュエリーを見せようとしたのだと思います」
そこまで言うと、真はくるみを見た。彼女は目を横にそむけた。
「でもさ、刃物で刺してしまったら、やっぱり返り血を浴びてしまいますよね」
小春は真に言った。
「もちろんです。だから犯人はカッとなってしまった事に後悔してしまった。
ですが、くるみさんは、ここで自分の服を着替えようと考えた。もちろん自室に戻って着替えれば返り血の服は海にでも捨てればいいのだから。しかし、ドアを開けた時に、玉葉先生あなたがいたんだ」
「え、私?」
玉葉は自分に指を差した。
「館内を探索していた彼女に一階の大広間でバッタリ会ってしまったら、服についている大量の血を見て、すぐに不審に思われてしまう。そこであなたが取った方法は、二階にある倉庫であるものを使い、そして、葉子先生から外へ脱出できないかと考えた」
「二階にある倉庫って?」
不意に小春が聞く。
「この部屋の九十度にあるあの部屋さ」
真は倉庫部屋を指差した。
「あんな小さな部屋、てっきり見落としてました」
「ああ、ある意味、あそこには知られたくない過去があるからね。葉子が隠したかったその部屋にもちろん彼女は合鍵を持っていた。あなたはその鍵を使い、倉庫でロープを二本、そしてライフジャケットを取ったはずだ」
「……へえ、作り話としては上手にできてますね。でも、私がその倉庫で道具を使ったという証拠はないですよね」
くるみは震えながら右口角を上げた。
「いや、あります。バルコニーの手すりです」真は葉子の部屋のバルコニーに歩いていった。「ここに、何か傷をつけたものがある。実際に、予備のロープもあったので、そのフックをここにはめると……」
そう言って、真は傷のところに、フックをはめた。
「ピッタリだ……」
と、能美は目を見開く。
「これをはめて、そして、このロープ幸いなことに五メートル以上あるんです。そこで、向こうの大木があると思いますけど、そこの太い枝に向かって投げた」
「そんなところに引っかかるのか?」
「離れてください」
と、真は言って、能美たちは足元に葉子の死体を気にしながら後ろに下がった。
真は右手で掴んでいたロープを宙の上で回しながら、投げた。その方向は木の枝の前に落ちた。
「こういうふうに、何度も投げたら、枝に引っかかります」
と、真は何度も投げてようやく枝に引っ掛けた。しかし、枝は折れているので、フックに引っかかりつつも不安定である。
「見てわかる通り、ターゲットの枝は折れていて、本当に出来るか実践してみたいのですが、難しいです。その為、別の枝に掛けてみます」
と、真は別の大木の枝に引っ掛けた。先程よりも少し細い枝だった。
「そして、ここにこのフックを引っかける」
真は元々傷ついたバルコニーの手すりの部分ではなく、傷一つも付いていない気の手すりに引っ掛けた。
「そこにもう一本のロープでつなげたロープを括り付け、そして逆にはライフジャケットに括る。
後はこれを着て、まるでアスレチックのように滑らせる」
真はライフジャケットを着ると、ライフジャケットにくくったロープを両手で握りしめて、意を決してバルコニーから飛び出した。
高さ的に大木の枝の方が低い。尚且つ少し弛ませている。彼のロープは一気に滑っていき、大木の枝の方に勢いづいて進んでいく。
「おお!」
と、能美は感嘆した。
玉葉や小春など他の人物も口を大きく開けて、その光景に驚愕している。ただ、つむぎは心配そうに見つめて、ケガをしないか心配だった。
くるみは下唇を噛んでいる。
真は向こうに辿り着いた時に、体重の重さからか、枝がポキッと折れて、思わず下に落ちた。
「おい、大丈夫か!」
能美はバルコニーから身を乗り出している。他の人物たちも何事かと後に続いて真の様子を見る。
下は雑草だらけなので、クッションとなり、彼は頭を打たなかったので、軽い傷で済んだ。
真は立ち上がった。
「すみません、僕の方が、体重が重たかったし、木の枝も事件に使われたものよりも細いので、支えられなくて枝が折れてしまったんですが、この方法を使われた証拠に、本来の枝も折れています。
確かに昨日は強い嵐に見舞われました。しかし、この大木はビクともしなかったとは思いますし、枝もしっかりしているので、折れることはなかったでしょう。
その為、この半分だけくっついているようになっている枝は、人工的に折ったものだと考えられます!」
彼は山彦のようなポーズを取り、大きな声で言った。
「でも、変じゃない? もしくるみ先生が葉子先生を殺害したとして、玉葉先生が下に探索していたとしても、七時頃には食堂についているわけだから、その後にくるみが入ってきたわけでしょう? それならある意味この部屋に待機して、玉葉先生が食堂に入ったところを見計らって、堂々と大広間に降りていったら見つからなかったって可能性があるじゃない?」
ドアの背にもたれていた響花は腕を組みながら、そう皆に言った。
「そうだよ。くるみちゃんがこんなことできる子じゃない」
中田は加担するように言った。
「そうだ。おい、小僧! この方法だったら、犯人は葉子先生の部屋で待機してたら良かったんじゃないのか?」
能美はバルコニーの手すりから身を乗り出して、真に向かって言った。
「確かに、その方法だったら、上手くみんなに紛れ込んでいけるかもしれません。実際に皆さんアリバイがほとんどないのだから。ただ、彼女はもう一つしなければならなかった。それは客船に行くことです!」
「客船? 客船に行って何をするの? 伊知郎さんを起こしに行くの?」
玉葉は目を疑った。
「いえ、死体となった伊知郎さんを海に落とすんです。証拠隠滅のために……」
それを聞いた時、くるみはハッとして顔つきが変わった。
「でも、死体って、くるみちゃんが寝てると、伊知郎さんを見て行ったじゃない?」
「これは僕の想像ですが、あの時はもう伊知郎さんは殺されていたと思います。だって考えてみてください。家庭の事情で色々あったとしても、伊知郎さんは葉子先生を慕っていた。それに今晩を楽しみにしていた。だから酔ってしまう船も乗ったんです。その伊知郎さんが、確かに睡眠薬が入った酔い止め薬だったとしても、みんなが起こしに来た時に、彼はこの後の緊張で起きるはずです!」
「確かに、伊知郎さんは色々タロットを開発したりして、占いに力を入れてましたよね。そんな人が勉強会を中止にしようと思わないです」
つむぎは真に加担するためにみんなに言った。
「そこで、私を犯人だと思ったんですね。確かにそういう意味では私が一番疑われますね。でも、女性の私がどうやって仮に死体だったとした伊知郎さんを運んだんでしょうか?」
「見苦しい、質問ですね」と、真は言った。「船にはいろんなものがそろっている。この二階の倉庫と同じものがそろっているようです。そうですよね、白石さん!」
全員白石を見る。
「はい、そうです。ただ、先生が仰っていたことですし、何年前も開かずの扉ですが……」
「どちらにしても、その倉庫に台車があった。そこで私はピンときた。犯人は伊知郎さんを殺害しなくてはないといけないと思ってこのトリックを使ったんじゃなくて、もうすでに殺されていたのだと。
そうすれば、殺されている伊知郎さんを台車に乗せて、丁度階段を上らずに外から突き落とせられる。死体が男性だとしても、痩せ型の伊知郎さんなら、それ程時間を要することはなかったでしょう。
その後に、くるみさんは台車も海に捨てます。まあ、この辺は僕の勝手な想像なので、真相は彼女でしか分かりませんが、後々船を調べれば分かります」
「ちなみに、伊知郎を殺すにはどうしたっていうの?」
響花が言う。
「伊知郎さんを殺害するには絞殺だと思います。頭のいいくるみさんは、てこの原理などを使って、伊知郎さんを絞め殺したと思います。トイレに行くと言って、その時に伊知郎さんの部屋で彼が眠っている時に設置をして絞殺をした、違いますか?」
「ハハハハハ」
くるみは笑い転げるように腹を抑えていた。
「私がやったというその想像力だけは褒めたいほどですが、全て想像でしょう? これが間違っていたのならどうします? あなたを冤罪として訴えますよ。大体、葉子先生は誰も足を運んでいなかったか分からないじゃないですか。私がやった証拠を教えてくださいよ」
くるみは手を広げて、雑草の上に立っている真を見下ろして言った。先程まで見せていたくるみとは明らかに違った喋り方になっていて、強気であった。
「証拠はつむぎが言っていた、膝の上に出来た青い痣です。そこにできる何て不自然ですよね。どこか転んだのかそれとも……。
この移動トリックを使った後に、足をぶつけてこのように膝から落下したとしか考えられないのですが……」
「本当にあの人の言ってるように、膝に打ち身のような傷があるの? くるみちゃん。もしなかったら見せてくれない?」
玉葉は優しく諭す。
くるみは暫く黙っていたが、急に走り出した。
「ちょっとどこに行くの? くるみちゃん」
玉葉は後を追うように階段を降りる。みんなもそれに続く。
「まずい……」
真は一気に血の気が引いて、落ちた衝撃で足の痛みを感じながら、洋館の正面玄関に回った。
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