第36話 道具はそろった
インスタントの緑茶も無くなったので、グラスに入った白湯を二つ真は机の上に置いた。
「ゴメン、東京に帰ったらもっといいもの奢るよ」
「いいですよ。あたしが誘ったんだし。それに、船は夕方にこの場所に来るんですかね?」
つむぎはいつものように長方形のテーブルに正座をして座った。茶道部を入っている彼女は正座でさえも奇麗だった。
「去年もそうやって来たんだろう。なら、来るはずだ」
「そうですけど……」
つむぎは視線を逸らした。本当に来るのか心配しているようだ。
「大丈夫だ。白石さんがそういうのなら間違いないよ。それはそうと、君たちは食堂でタロットをしてたんじゃないのかい? お開きしたの?」
「そうですね。って、どうしてそれを知ってるんですか?」
「さっき外で神門先生と会ったんだ」
真は頭を掻いた。
「そういえば、神門先生は参加してなかったですね。響花先生と玉葉先生にタロットを教えてくれまして。というのも、伊知郎さんが今どこにいるのかを占ってくれたんです」
「くるみさんはどうしたんだい?」
「くるみさんは、小春ちゃんと玉葉先生と銭湯を入った後、足の痛みが治まらなかったんで、今自室で待機をしてます。あ、大丈夫ですよ。ちゃんとドアは施錠してると思うので」
「能美先生と内田さんは?」
「あの二人はどっちかの部屋にいると思います。もういいんじゃないですか? 葉子先生の事件もくるみさんも狙われてるのに、二人で愛し合ってるんですから」
つむぎは半ば苛立っていた。やはり彼女はどこかくるみのことを気にかけているのだろう。
真は腕時計を見た。午後二時半。確かこの勉強会が終わるのが夕方五時になる。予定通りだった場合、あの船長は葉子の機嫌を計らい早めに来るとは思うし、誰もこの場所にいたくはないので、即座に帰る可能性は十分ある。
——できれば動機も分かればいいのだが……。
「それで、さっきの話ですけど、犯人は分かったんですか?」
「まあ、大まかにはわね。ただ、証拠が無い。そして、動機もない」
「証拠が無いのに、犯人って特定できるんですか?」
「僕の考えだと、何故犯人は葉子先生を殺害した後、そのバルコニーの手すりにロープ付きのフックを掛けた、そして、それを使ってある場所に行かなくては行けなかった」
「ある場所とは?」
「まあ、あんまり堂々と言えるもんじゃないけどね」
——それだったら、犯人は分からないんじゃ……。
つむぎは真の言葉に呆気に取られていた。やっぱり朝飲んだ日本酒が彼をダメにしたんだとつむぎは頭を抱えた。
しかし、このまま帰ってしまうと、あかねから怒られるのは間違いない。別に怒られてもいい。自分が生還していたら。
真はつむぎが心配した面持ちでいたので、てっきりくるみの様子が心配なのだと勘違いした。
「大丈夫だよ。くるみさんは、今回の事件で多くのものを失くしたけど、帰った時は君が連絡を取ったらいいよ。今はそっとしといてあげたいけど……」
「でも、くるみさんは先程銭湯の時、刺された足も痛々しそうでしたけど、膝にも痣が出来ててそれも痛々しそうでしたし……」
「痣?」
「はい、青い痣ですどこで打ち付けたのかは知らないですけど……」
「……まあ、彼女も色々と精神的不安定だと思うからな」
そう言って、真は白湯を飲んだ。この暑い中でぬるい水はお世辞にも美味しくはなかった。
「それよりも、神門先生はどうして外に出たんでしょうか?」
「分からない。多分一人になりたかったんじゃないかな。だってあの人アイドルだった時ファンの能美さんも参加してたし、居づらかったんじゃないかな」
「それだけじゃなくても、色々とわがまま言ってるし、あの人も結構あたし苦手ですね」
——それは最初自分に気持ちがあったからなんじゃないか。
と、真は思わずドキッとした。
「しかし、この白湯美味しないですね」
つむぎは白湯を一口飲んだら、すぐにグラスを机の上に置いた。
「この離島通話も圏外だし、水道だって美味しくはないんじゃないか」
そう言って、真は立ち上がった。
「どこに行くんですか?」
「図書室だよ。この洋館にはたくさんの本が置かれてる図書室があるんだ」
「そこにいって、何か調べるんですか?」
「そこに、犯人の動機が分かるかもしれない。行くかい?」
そう言われて、探偵の妹は横に首を触れなかった。
図書室は殺風景だった。いくら白石が以前掃除をしたとしても、古びた本の臭いが立ち込めていた。
「ここで、先生は勉強してたんですね」
と、つむぎは言った。
「まあ、多分読破してるんじゃないかな。やる気はありそうな先生だったからね」
——その裏で、どんなことをしていたのか、真は探れればと思っていた。
つむぎは本を取り出した。それは西洋占星術の本だった。開くと小さい文章で綴られている。
「難しい本ですね。星の勉強もしなくちゃいけないんですね。占いって……」
「まあ、占いってピンからキリまであるからね。インターネットでも誰かが作った物でも、占いの一つに加算すると、多いんじゃないかな」
真は黒魔術の本を取り出した。中身を見ると、やはり小さい文章だ。
これだと読む気になれない。例え全て読んだとしても船が来てしまう。そう思いながらパラパラとめくると、生贄の項目にふと目を留めた。
「……生贄になることで、殺めた人は霊感を高めることが出来ます?」
——何だよ、バカバカしい。葉子はジュエリーを商売してたんだ。その為の黒魔術の演出なのに……。これは参考になってないな。
と、戻そうとしたのだが、ん? と、思って、もう一度先程のページを開いた。
——その生贄の場所は、狭い部屋に保管する。三年間保管することによって、殺害した人間はその人物の霊感も掴むことが出来る。
……狭い部屋で保管……。
すると、あの物置のことを思い出した。
「……そうか。そういう事だったのか」
「どうしたんですか? 何かわかったんですか?」
つむぎは本を元に戻して、真の方に歩き出した。
「道具はそろった……」
真は本を閉じて、元に戻した。
「僕の真実が正しければ、この場所にいる人が全てを話してくれる」
「え?」
「つむぎ! みんなを食堂に読んでくれ!」
そう、真は彼女を睨むように叫んだ。
——何なの、一体。
つむぎは苛立ちを見せながら大広間に出て、くるみの部屋に向かおうとした。
——真さんは、絶対にあの日本酒で可笑しくなったんだ。確かに事件になると顔つきが変わるのは格好良かったけど、あんな剣幕で言わなくてもいいじゃない。
——しかも、あたしのことを呼び捨てにして。
彼女は内心はらわたが煮えくり返っていた。
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