第9話 客船のラウンジ2
真は何を思っているのだろうか。チラッと彼の方を見るが、真は机の上に置いてある食べ物のメニュー表を見ている。
玉葉が真を見ながら言った。
「お腹が空いてきたわね。お昼ご飯はシェフに声かけて軽食を食べるといいわ。夜では勉強会のパーティーがあるから」
「船が離島につくのはいつ頃ですか?」
と、真は顔を上げて玉葉を見た。
「確か、去年と同じスタンスで行くと先生は仰ってたから、夕方の六時頃かしら」
「六時……。結構夜遅くに勉強会をするんですね」
つむぎは驚いた表情を見せた。
「そうね。夜の方が、感性が磨かれるというのが先生の考えなのよ。それに……」と、ここで玉葉は黙った。
「それに、何ですか?」と、真。
「今から行く離島は先生が別荘として住む、大きな洋館以外には山と海がある小さな場所なんだけど、そこは且て戦争が起こった場所って言ってるわ」
「戦争が起こった場所?」
真は息を呑んだ。思わずつむぎと目が合う。彼女も拒絶していた。
「そうよ。江戸時代に密かな内戦が起きてしまった時、徳川将軍が内戦を止めさせるために、わざとその人たちをこの島に流して、戦わせたという逸話があるわ」
「ということは、死体が……」
「そうよ。どっちが勝ったとしても、結局は徳川家が帰すわけはなく、そこで両方息絶えてしまうということが起こったわ。それが一回だけではなくて、江戸時代って二百年以上続いたじゃない。だから、数十回は行われたって話は先生から聞いたわ」
「そんな場所に今から一泊するわけですか?」
つむぎは青白い表情を浮かべている。以前あかねからつむぎは怖い話が嫌いだということを笑いながら言ってたことがあり、ケンカをした時に、わざとホラーな話を吹っかけて負けさせるという、何とも子供じみた作戦をあかねは堂々と真に喋っていた。
本当にこの子は占い師になりたいのだろうか。真はつむぎの今でも泣き出しそうな顔を伺っていた。
すると、玉葉は高笑いを見せた。
「大丈夫よ。二百年以上の前の話だから。それに、その死体の山は国が排除してるし、そこで勉強会の寝泊まりは十年以上してるわけだしね」
「どうして、葉子先生はその島に勉強会として弟子たちを一泊させるのでしょうか?」
と、真。
「先生がいうには、霊感を高めるためには、且て殺された死体たちの場所で勉強させる方がいいという判断らしいわ。まあ、そんなことを考える先生だから、結局今回集まった占い師も数少ないでしょ」
玉葉は声を潜めて言った。
「まあ、そうですね」
そういう事情なら、参加するメンバーも少数だということは分かる。それに参加者には十万円かかる。これにはわざわざ一泊使って行くのには躊躇する。行かなった占い師の方がまともだと思った。
相変わらず青白い表情を見せるつむぎ。真は何か声を掛けようと思ったのだが、そこに小春と能美がやってきた。
「笹井さん、ここにいたの?」
「あ、内田さん。どうだった、鑑定の方は?」
「ううん」小春は不服そうに首を横に振った。「ダメね。葉子さんの弟子、くるみさんにも見てもらったけど、やっぱり龍馬君と付き合える確率はゼロに近いって言われた。そうだよね。普通に考えたら……」
と、小春は右腕を使い泣いているジェスチャーを見せた。
「こちらの方は?」つむぎは小春の隣に座っている能美を見た。
「ああ、こちらは能美先生って言って、手相を専門に見てもらえる先生なのよ。能美先生だけだよ。あたしと龍馬君は可能性があるって言ってくれたのは」
「手相って、手の皺で運勢を見るものだよね」
真は言った。
「そうだよ」
――内田小春の手相だけで、芸能人の龍馬と付き合えると分かるのだろうか。
真は相変わらずニヤニヤしている能美に恐怖感を抱いていた。
「じゃあ、私はちょっと用があるから」
そう言って、つむぎの隣に座っていた玉葉は立ち上がり、真とつむぎに向かって手を振って去っていった。
先程まで楽しそうに話をしていたのに、もしかして玉葉は何か能美琢磨との関係があるのだろうか?
真は思わず首をかしげていると、能美はすぐさま玉葉が座っていたソファに腰かけて、つむぎに話しかけた。
「君が、葉子さんに弟子入りをする子かい? 話は聞いてるよ高校生何だってね。いやあ、くるみちゃんもそうだけど清楚で可愛いね」
何となく近づいてくる能美に対して、つむぎは若干引いていた。
「あ、はい」
「僕が、君が本当に立派な占い師に慣れるか手相で見てもらうよ。大丈夫無料でのサービスさ。手を出して」
躊躇するつむぎ。どうしたらいいのか救いの目で真を見る。
「先に僕を見てくれませんか?」
真は机に向かいながら能美に対して両手を差し出した。
「君をかい?」
「そうです。実は僕も色々と悩みを抱えてまして」真ははにかんだ。
「いいよ。何を占いたい?」
能美は完全に嫌な気持ちなのにも関わらず、笑顔で接した。
「そうですね。今後の未解決事件を解決できるか……」
「未解決事件?」
一瞬、能美はそう呟いて硬直した。その態度を真は見逃さなかった。
「ええ、先程先生に申し上げたように、僕は出版社でジャーナリストを勤めてまして」そう言って真はカバンから名刺を取り出して、能美に渡した。
「天橋出版社……。今波に乗ってる雑誌だよな」
「ええ、事件を解決してる探偵がいまして、それがつむぎさんのお姉さんなんですけど、その助手が僕なんです」
「探偵? 助手?」
能美は真の顔をじっくりと見た。一見頼りなさそうな風立ちだが、この人物が事件を解決した一人だというのか。
「でも、結局は探偵のお姉さんが勝手に事件を解決してるんですけどね」
そう言って、真は頭を掻いた。
「あ、はははは。そうか、君はジャーナリストだもんな」
能美は完全に引きつった笑いを見せる。
「それよりも僕の手相を占ってください。ジャーナリストとしてこれからの仕事運を、後恋愛も見てください」
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