第一章⑧

「図書館分類法って知ってますか?」

「本の背表紙に付けられてるラベルのことか。なんかそれで本を分類してるってのは聞いたことがあるな」


 図書館分類法。

 現在この世界の図書館では、この図書館分類法によって本を分類している。その方法は、分類記号として『0』から『9』の数字のみを使用。大から小に向かって順次、十ずつの項目に分け、その十種に区分したものを類目、その類目をそれぞれ計百種に分類されたものを綱目と呼ぶ。

 綱目を同様に十種ずつ区分したものを要目と呼び、それ以下の同様に細分化していったものを細目と呼ぶ。そうすることで本の種類が素早く見分けられ、返却、検索、貸出などをスムーズに行うことが出来るのだ。


「――そうやって、全国の図書館は本を管理してるんです。だから、まずはこれを覚えることから始めないと、作業に支障をきたすので、今日中にちゃちゃっと覚えちゃってください」


 レイエルはそう言うと、それなりの分厚さがある紙束を渡した。一枚めくってみると、ぎっしりと先程言っていた図書館分類法に関する記述が載せられている。その一枚だけで、眩暈を起こしてしまいそうになるが、こんな所で躓くわけにもいかない。

 カラドは早速、その紙束を読み進める。と同時に、レイエルが一重ねにしていた本を抱えた。


「ええと。聞くまでもありませんが、何するつもりですか?」

「習うより慣れろってな。こんなん一日じゃあ覚えれる気がしねえからさ、やりながら覚える。別に構わねえんだろ?」


 一刻も作業を覚えなければならないこの状況で、のんびり文字や数字の羅列を頭に入れる時間は無い。ならば少しでも作業をしていき、それに並行して身体に覚え込ませた方が効率的だろう。レイエルとしても、それをとやかく言う理由もないようで、溜め息をついて返した。


「まあそれで覚えられるのなら、構いませんけどね」


 今はまだ研修の身とはいえ、自身にとって有益であるのならば研修官に相当するレイエルの言う通りでなくても問題は無い。もっとも、レイエルとしてもそれほど上司であることを振りかざすつもりもないようで、淡々と業務をこなしている。

 カラドも与えられた業務をするべく、ラベルに記されているエリアへと向かう。


 カウンターを抜け、共用読書スペースもそのまま通り過ぎ、カラドは一直線に実用図書コーナーへと足を運んだ。カラドは迷うことなく、何処に何があるのか把握しているかのように、目的地にたどり着く。

 一応ラベルには大体の場所は記載されているのだが、いちいちそれを確認することなく、カラドは本をあるべき場所に収め直す。


 全体的に埃っぽい。カラドも図書館に足繁く通ったことはあったが、図書館という施設は何とも言えない埃っぽさに満ちている。ここも例外ではない。

 加えて、古い臭いが充満しており、普通の人間ならば嫌悪感を抱くかもしれない。このエリアは図書館の中でもそういった色が強い。


 けれど、カラドはそれを嫌だとは思っていなかった。それどころか好ましいものだとさえ感じた。この匂いも、この静けさも、まるで異次元の世界に迷い込んでしまったかのような雰囲気が好きだった。

 天蓋に取り付けられた窓からは、室内全体を照らすほどに心地良い朝日が差し込み、独特の匂いと静寂がこの空間を形成し、支配していた。

 紙を見ながら少しずつ、本を収めていく。まだ慣れないが、この調子なら今日中には覚えられそうだ。

 早々に、けれど丁寧に全ての本を収め終えたカラドは再び、返却された本を取りに戻る。


「へ? は、早くないですか? まだ三十分しか経ってない……?」


 戻ると全ての本をまとめていたのか、きっちりと整えられた本を台車に乗せていたレイエルは驚嘆した。

 それもそうだろう。入ったばかりで、しかも仕事量も覚えることもそれなりに多いのだが、初めの業務を手早く終わらせて帰ってきた。それなりに時間が掛かる作業であるはずなのに、慣れていないはずなのに、カラドは困り顔一つ見せず、質問もしなかった。

 まるで経験者のように、カラドの立ち居振る舞いは堂々としている。


「早いか? 司書官ってこれぐらいの速さでやるんじゃねえの。じゃないと間に合わないんじゃ……」

「初めてなのに早いって言ってんですよ」


 憤慨したように、レイエルが突っかかってくる。突っかかってくるのはほぼ毎回のことだが、こんなに必死になってくることは無かった。

 新人なのに上司であるレイエルが教えなくても、出来てしまっていることに腹が立つのか、それとも何か別の要因か。カラドには分からないがこれ以上また罵倒されるのも嫌なので、言い訳をする。


「いや、図書館って大体どこも一緒なんだな。一つの図書館にしか行ったこと無かったけど、その内装や構造が違うだけで内容、例えば本の置いてある場所とかそれを分けているエリアとか、本自体も大体同じで、あんま新鮮味っていうか、全く違う場所に来たって感じは無かった。まあそのおかげだな、俺が速く終わらせられたのは」

「覚えてたって……。図書館のエリア区分を、ですか? そんなバカな話あるわけないでしょう。私だって覚えるのに一日掛かったんですよ。それをただ図書館に行ったことがあるからってだけで」

「ほんとにそうなんだよ。毎日、ってわけじゃねえけど、それぐらいの頻度では地元の図書館に通ってたんだっつうの。小さい時からな」


 カラド自身、目的のエリアがあんなに簡単に分かるとは思いもしなかった。ただ身体が、刻みつけられた経験から来る記憶が働いただけ。レイエルからすれば面白くないかもしれないが、事実だった。

 トゥーラがこのことを知っていたとは思えないが、確かにカラドにとってこの仕事は向いているかもしれない。本が好きということもあるが、それ以上に順応が上手く出来そうだった。

 その所為でレイエルの機嫌を損ねてしまったかもしれないが。


「じゃあ出来るのなら全部やっちゃってください。私は他の開館作業しときますから。ああまた別日にでも開館作業の方は教えますから」


 怒っている。かもしれない、では無く、レイエルは怒りを明瞭に表している。彼女自身にはそのつもりはないのかもしれないが、その口調は所々刺々しい。

 レイエルはカラドの返事を聞くことなく、小走りでその場を去った。

 確かに、新人なのに業務を淡々とこなしてしまって、上司を立てるという行為をしなかった。

 それはレイエルが普通の少女であり、そしてそういった敬意を表することが出来ない存在であったからでもあったし、そういったことを彼女にしても無駄だと思ったからだ。けれどそれは逆効果、というより彼女のことを引き立てるのではなく、寧ろいとも簡単にやり遂げてしまったことが問題だ。


 ただでさえ、何の労苦もせずに司書官になったのに、その上特に努力もせず業務を覚えてしまっているのだから自分で言うのも何だが、嫌な奴だと思う。

 追いかけた方が良いのか、追いかけてどうするのか。今話し掛けてもレイエルは機嫌を直さないだろう。逆にその怒りを加速させてしまうかもしれない。ならば、今はやるべきことをするだけだ。

 カラドはこの現状に嘆息し、レイエルがまとめてくれた本を、元の場所へと戻す作業に取り掛かった。

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