第二章⑤
簡単に言えば道に迷っていた。
仕事をしていて分からないところが出て来たのでレイエルに尋ねようと書庫を捜し歩いていたのだが、見つからない。地図を見ても書庫は載っていない。カラドはそれらしい場所を総当たりで探し回っていた。
そうしてようやく見つけたと思えば、レイエルは倒れ伏していて、状況を掴めない。ともあれ探し人は見つかったので、カラドは書庫へと降りる。
「ん? お前それ、怪我してるのか?」
暗がりで見えなかったが、近づいてみればレイエルの足から血が流れている。
しかも転んだという言い訳でさえ成り立たなさそうなほどの量。ますますどういった状況か理解に苦しむ。
「大丈夫かよ」
「……私は、大丈夫です。でも……」
レイエルの顔からは疲労が見られ、涙の痕跡も見て取れた。衣服もぐちゃぐちゃで、見るからに大丈夫そうではない。
「もう追い駆けっこはお終いですね。結局はわたくしの勝ち、ということでよろしいでしょうか」
仄かな闇が形成されているその向こうから、上機嫌な声が聞こえる。あまりにも突飛で、不可解な空間過ぎて分からなかったが、ようやく頭に理解が及ぶ。
司書官を襲う謎の者。その思考は短絡的だが、間違いないはずだ。
「もしかして……」
「――
その声に応えるかのように、一人の男が棚の陰から姿を現した。
この男が、カラドの人生を大幅に変えた。
司書官や図書館、市民に脅威を与えている存在が目の前にいる。カラドは視線を鋭く尖らせ、目の前の男を睨んだ。
「お前が
「ええ。わたくしが皆様より親しみを込められてそう呼ばれている、
「お前、どうして俺の名前を――」
表情を笑顔から変えない
どこで、と聞かれれば答えられない。それぐらいに雑踏の中に消えてしまいそうなぐらいにしか記憶の片隅には残されていない。結局、自分の力では思い出せず、
「思い出していただけましたでしょうか。わたくしは今日の昼ごろにこの図書館に訪れていたんですよ。利用者のふりをしてね。新人さん」
嘲笑っているかのように、両手を広げ舌を出し、カラドに視線を投げ掛ける。その舌に、何やら数字が書かれていたが、そんなこと気にもならない。
多くの司書官が命を落とした。幾つもの本が消えた。両親が死んでしまった。レイエルが傷つけられた。幾つもの理由はあった。その中でカラドに芽生えた感情は怒り。
「てめえ。姿がバレてねえのを良いことに俺達を物色してやがったのか」
「まあバレてませんからね。それならば質の良い餌を見定めに行こうと思うのが普通じゃありませんか」
「もういい。てめえには情状酌量の余地も無しだ。元から許すつもりも無かったけどな。シャル!!」
なめられている。口調も態度も雰囲気もその余裕さも。全てが人間を見下しているようにしいか感じ取れない。
カラドは指輪をかざし一人の精霊の名前を叫んだ。
莫大な閃光が闇を飲み込み、その光は一気に収束し、一つの空間に集まる。
一人の少女がカラドの隣に具象化された。
「シャル。こいつを倒すぞ」
「も、もちろんです。こんな酷い人。野放しにしない方がいいです」
少女の身体が発光する。やがて少女を形成する光は粒子となり、吸い込まれるようにカラドの身を纏う。瞬く間に、カラドの周囲には光で作られた鎧のようなモノが出来上がった。
「ほう。初めて見る現象ですね」
それでも
カラドはそんな
それが終わったのか、カラドの瞳は先程よりも幾分真面目になり、きちんと標的へと視線を合わせる。
「久しぶりだからな。加減が分かんねえと思うけどよろしく」
「何が――?」
轟音。傍から見ていたレイエルが感じ取れたのはただそれだけ。何が起こったのか分からなかった。
「やべ、予想以上に飛ばしちまったな」
しかし、レイエルが冷静に分析している暇はない。棚も何もかもを薙ぎ倒して、真横に飛んで行った
「素晴らしいっ!! なんという存在だ。いやっ、なんという日だ。今日は最高についています!! これまでわたくしに傷一つ付けたことが無い司書官共が、わたくしを出し抜き、圧倒した。よもやそんな人間に二人も出会えるとは!! わたくしはついています」
今までに聞いたことの無いほど興奮した声音で、何やら叫び散らしている。まだ
何が起きたのか分からないが、およそ視界の届かない場所まで飛ばされたはずだ。そんな攻撃を受けたにもかかわらず、あれだけの活力を残している。
やはり化け物だ。あの声を聞くだけで、悪寒が走るレイエルにとって、カラドが化け物を圧倒したことよりも、化け物のしぶとさに恐怖してしまう。
「へっ!?」
そんなレイエルの身体が宙に浮かぶ。
何時の間にかカラドが傍に来ていたらしく、倒れ伏していた身体は持ち上げられ、再び尻餅をつく形で、床に降ろされた。ぽかんとしているレイエルに、カラドは笑い掛ける。
「元気ねえじゃねえか」
「当たり前じゃないですか……」
「
「……」
「まあ普通はそうなるよな。というか俺だって怖えし」
「じゃあなんで。あなたは向かっていけるんですか? 殺される可能性だって無いわけじゃ、寧ろ高いじゃないですか。それなのに……」
「そんなもん。ムカついたからに決まってんだろ」
「…………え」
予想だにしていなかったカラドの言葉に、レイエルは彼の方を見やった。
危険に飛び込んでいくのに、そんな理由だとは誰もが思わない。レイエルは耳を疑った。
「俺にそんな正義感みてえなもんはねえよ。ただ俺の人生を無茶苦茶にしやがったあいつに腹が立った。それだけの理由だけど、それ以外に理由もいらねえ」
「……あなた、もしかしなくてもバカなんですか?」
「かもな」
そんな適当な返答なのに、吹き出してしまった。腹が立ったという理由だけで、まさか本当に化け物と戦うのか。しかもバカであると、言葉の上でだが認めた。
本当に、このカラドという人間が分からない。図書館の大体の配置を覚えていたかと思えば、
だからだろうか。そんなカラドを見て、渦巻いていた不安は消えた。恐怖はどこかへいってしまった。まだ何も終わっていないのに緊張が解れ、つい笑顔を溢してしまう。
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