終章③

 そこは小高い丘だった。見晴は良く、吹く風も心地良い。空の色は黒が徐々に消え、段々と白み始めている。

 カラドはその手を前にかざす。そこに嵌められている二つの指輪。それらが薄まっている闇を掻き消すほどの、閃光を放った。

 膨らんだ閃光は、瞬時に収縮し、目前に二つの人影を形作る。


「シャル、それとジーク。これから色々あると思うけどよろしくな」

「はい」

「……」


 これからは旅に出る。辛いこと、苦しいことは全て自分たちで解決しなければならない。

 困難は多く、道のりは険しい。それでも、これから進む世界に、負の感情は抱かない。


「あの、本当によろしいのでしょうか」

「何がだ?」

「わたくしは犯罪者。それはどうあっても消せない事実。そんなわたくしの夢に、付き合わせてしまってもいいのでしょうか。わたくしは、ここにいてもいいのでしょうか」


 ジークと呼ばれた、英雄は俯き語る。その表情には不安が見え、過去に見せていた表情は、そこにはない。

 彼の思考も当然だ。今までが裏切りの連続。何も持ち得なかった存在だった。そんな人生だったのに、こんな幸福を、簡単に受け入れることが出来ないのだろう。


「何言ってんだ」


 けれど、そんな不安も。それまでの不幸も。カラドは笑顔で、振り払う。


「約束しただろ。世界を見せてやるって。人を殺したことは反省して当然だ。これは、お前の贖罪の旅でもある。でも犯罪者だからって、約束を蔑ろにしたりはしねえ。ここまで来たんだ、幾らでもつきやってやるよ。それとな――」


 空が光り瞬いた。

 闇は消え、光がその身を包む。それは温かく、心の隙間にまで入り込んでくる。

 それは、黄金を振り撒く太陽の光は、一瞬で全ての闇を浄化した。


「ここが、俺達が、お前が存在していい理由になってるんだよ」


 カラドの手には、燦然と輝く指輪があった。

 それは彼がここにいてもいいという証。存在することが出来る理由。

 彼そのものだった。


「それで、これが世界だ」


 指輪を見ていた彼の視線を、その背後へと誘導させる。

 そこには――


「これは……」


 眼下に広がるのは森。その先に見えるのは街のような地。遠目には山々が連なり、さらにその後方には、海が広がっている。

 陽の光を浴び、荘厳でさえ感じるその景色に、彼はしばらくの間、言葉を口に出来なかった。

 全てが、経験。全てが知識。全てを、その身に得ることが出来る。

 この景色も、朝日の美しさも、陽の温もりも、肌を撫でる風も、聞こえる鳥の囀りも。全身で、世界に入り込んでいる。

 それはまるで、物語のよう。


「これが、世界ですか……」


 美しく、そして煌めいている。彼の中に、味わったことの無い感情が流れ込み、芽生え始めていた。


「まだまだ、こんなもんじゃねえよ。世界は広いんだ。俺も知らねえ世界が数多くある。俺達の旅は、これからが本番だ」

「そ、そうです。いっぱい、見て回りましょう」


 ここからはより一層濃い、緻密な世界を歩き回るのだ。

 カラドも、シャルも、そして彼もまた、次の地が待ち遠しい。


「――そうですね。わたくしも……」


 ――これ以上のことが、望めるのなら。もっと続いてもいいのなら。

 彼と、シャルは再び指輪に還った。その場所には、カラド一人だけ。けれど、決して一人ではない。


「よし、じゃあ行くか!!」


 次の目的地も特に定まっていない。文字通り、世界を見て回るのだ。

 カラドは歩き始める。

 その手に、黄金の指輪を輝かせて。

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司書官達は聖霊と共に ―知の探究者― 秋草 @AK-193

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