第三章②
「活発で元気しか取り柄が無いのがニコで、世話好きのこっちがステラ。二人とも近所で、どっちも俺が子供の時からの付き合いでさ、本当の弟と妹のようなもんになってるな」
「へえそうなんですか。よろしくお願いしますね」
レイエルが微笑み掛け、ニコは元気よく挨拶。ステラは何故か戸惑った顔でお辞儀した。
ニコとステラはカラドが小さい頃からの知り合いだった。元々、ここの郊外出身では無かったカラドは、親の都合で引っ越してきたのだ。まだ幼く、無知にもほどがある純真無垢だったカラドが、ここに来て初めて知り合ったのがこの二人だった。
ニコは色々と教えてくれた。世話好きのステラはいつも助けてくれた。何時の間にか三人は友達で、陽が明けてから沈むまで、一日中走り回っていた。
そして時間が経つにつれ、カラドが年上で面倒見がいいということもあり、シャルを含む子供たちのリーダーのようになっていった。
ただ今でも子供の時のノリで来られるので、成長しているカラドにとっては苦しい場面も何度かあった。正直、大勢の子供の面倒を見るのは、幾ら若いとはいえ精神と労力を使う。今日だってニコと近隣に住む子供たちの相手をするつもりなど無い。
「じゃあカラド兄ちゃん、鬼ごっこしようぜ。兄ちゃんが鬼な」
「はあ? いや言っただろ。俺は今日実家の荷物を取りに来ただけだっての。そんな暇ねえよ」
「ようし、野郎ども、逃げろー!!」
カラドの言葉に聞く耳を持たず、無邪気に叫んだニコと何処に隠れていたのか子供たちが逃げ去った。
本来ならばとっくに実家の荷物をまとめる作業に入っているはずなのだが、こうなってしまっては仕方がない。カラドはニコを始めとする子供たちを、大人げなく全力で追い掛け回し始める。
こんな調子だから子供たちに振り回されるのかもしれないが、カラドがその真理に辿り着くことはなく、子供と遊ぶことに全力を注ぐ。
「いつもあんな感じなんですか」
遠目からその光景を見ていたレイエルは呆れた調子でステラにそう尋ねる。ステラも若干申し訳なさそうにそれに応えた。
「はい。何時もカラド兄さんが鬼で、他の子らは逃げて回るんです。本当に、カラド兄さんは忙しいって言ってるのに」
「色々、大変みたいですね」
溜め息と共に紡がれる言葉にステラの苦労が忍ばれる。今も荷造りをしなければならないはずのカラドは目の前で走り回っている。その光景は随分と楽しそうで、微笑ましい限りだが、やらなければならないこと、優先順位が大きくずれている。
レイエルとステラはほぼ同時に溜め息を吐き、お互いに苦笑いになる。
「それにしても、カラドさんって子供にあんなに人気なんですね。知りませんでした」
「はい。とっても人気ですよ。どんな時も大体こうやって遊んでくれますし、知らないこととか教えてくれますし」
それまで粛々としていた調子のステラが、その話題になった途端に溌剌と自分のことのように話し始めた。
「私たちがカラド兄さんと出会ったのが今から十年前ぐらいですね。それからほとんど私たちは一緒にいました。辛い時も悲しい時も、カラド兄さんと乗り越えたんです。面倒見が良すぎるんですよ、あの人は」
呆れた物言いではあるが、その表情は嬉しそうだ。確かに、それだけ同じ時を過ごしたのならば家族と言ってもいいのかもしれない。
「遊んでくれるのもそうですが、カラド兄さんはたまに図書館から借りてきた本を読み聞かせてくれるんです。宝物を見つけてきたみたいに、カラド兄さんは私たちにそれを教えてくれるんです。本当に優しい人ですよね」
カラドは本が好きなんだなと、レイエルがそんな感想を抱く前に、全く別の、気になる点が浮かび上がる。
「カラド兄さんがいたから、今の私たちがあるんです。あの人のおかげで色んなことを、乗り越えてきました。私たちはカラド兄さんのことが好きなんですよ」
それを出会ったばかり、しかも直接的に言ってもいいものかと思ったりもしたが、中々どうして知的好奇心には逆らえない。
「――ステラさんって、カラドさんのこと好きなんですか?」
さらに話を続けようとしていたステラの顔が硬直する。どうやら図星だったようだ。みるみるとその顔は真っ赤に染め上げられ、イタズラ心を刺激する初々しい反応をし始める。
「もちろん一個人として、恋愛とかそういった感情で、って話です」
「いえ、あのその……、好きだなんてそんな……」
「あれ? 違うんですか? 楽しそうにカラドさんのことを話しているので、てっきりそうなのかと思ったんですが」
「ええと、それは、その……」
快活に喋っていたのが嘘のように、ステラはしどろもどろになって視線をあちこちに向けている。狼狽えて可愛いなと内心思ってしまうのだが、そんなレイエルの心情を知らないステラは尚も取り乱す。
ステラとしては何とかして話題を逸らしたかったのだろう。レイエルに同じように問い掛けた。
「レ、レイエルさんも、カラドさんのこと好きなんですか?」
「はあ? 有り得ませんよそんなこと。微粒子レベルで存在しません。私がカラドさんを好きになるなんて、万が一、億が一にも無いことです」
一蹴。
カラドは後輩でありこっちが勝手にそう思っているだけだがライバル視している存在。そんな目で見たことは無かった。
余り必死に否定しても逆に疑われそうだが、そんなことを気にしている暇も無いようで、ステラはただぼんやりとカラドを見ていた。
「とりあえず、他の女性からの評価が気になるってことは、ステラさんはカラドさんのことが気には掛かっているってことですよね」
「そ、それは……」
「何で告白とかしないんですか?」
異性に想いを告げ、その結果を知ることが出来る最も明瞭な方法。男性からでも、女性からでも、どちらにせよ面と向かって想いを告げられれば何れかの答えは知ることが出来る。
レイエルはさらりと一番勇気が必要なことを言ったのだ。
「こ、告白って……。だって今の関係が続いている方が、良い気もしますし、私が原因で壊れたらって思うと……」
「あなたはカラドさんの何を見てきたんですか。カラドさんがそんなこと気にもしないって、知り合って一日の私でさえ分かることですよ」
「……でも」
中々その一歩が踏み出せない。現状で満足が出来ているのだからこれ以上は望めないということらしい。
レイエルから見れば意気地が無いだけだと思えるが、世間一般ではそれが当たり前なのかもしれない。ただ、自分で話を振っておいてなんだが、目の前で尻込みされると苛々してしまう。レイエルは我慢出来ずに、カラドの方へと身体を向ける。
「じゃあ、私が伝えてきてあげましょうか」
「えっ」
お節介かもしれないが手っ取り早く済ませるにはこうした方がいい。直接それを言わないまでも、レイエルがそれとなく探りを入れればいいだけの話。そう思い、走り回っているカラドの方へと向かおうとする。
「ま、待って下さい!!」
先程よりも、必死な声で呼び止められ、振り返る。
「や、やっぱり私が伝えます。その、今じゃないですけど」
それが、その決意が最大限の譲歩なのだろう。耳まで真っ赤なステラの想いに、レイエルは笑い掛ける。悪いことをしたという自覚はあるが、どうせこのまま放っておいても進展は無さそうだ。押しつけがましいだろうが、つい行動してしまった。放っておけなかったのだ。司書官の仕事柄か、つい手助けをしたくなってしまう。
ステラは安心したように胸を撫で下ろした。恋心を見透かされ、勝手に想いを告げられようとしたことに怒っていないのだろうか。レイエルは少し不安に思う。
「その、謝っときます。勝手に告白しようとしたこと」
「いえ、いいんです。レイエルさんのおかげで決心が付きましたし」
笑い合う。年も近い同性ということもあって初めて会っても気分が幾分楽だ。それはステラも同じなのか、初めよりも大分力が抜けているように見える。
「じゃあ、ちょっと助けに行ってきますか」
もう随分とここの空気には慣れた。一応監視役という役目も貰ってはいるが、それ以前にカラドの先輩である。後輩が困っているのを助けるのも仕事だ。
「カラドさん、交代しましょう。とっとと荷物纏めて来て下さい」
その後レイエルは最後まで鬼として君臨し続けた。
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