第三章⑬

「ようやく、見つけました」


 暗く、窓からしか月の明かりが入り込まない場所。天井が無い箇所が多い廃図書館で、最も薄暗い場所にレイエルはいた。

 その手に持っているのは、ある一冊の本。ヒントが若干少なかったので、見つけるのに時間が掛かってしまったが、これであの化け物に対抗出来るはずだ。


「それにしても……」


 今更になってこの一室を見渡す。ここに来る途中までの、廃図書館は、文字通り廃れ、ボロボロだった。それは知の探求者ブックイーターの影響だからだろうが、この部屋だけ妙に綺麗で、掃除すれば今からでも使えそうだ。それぐらい、ここは被害も何も無かった。

 ただ、不思議だと思ったが、遠くから聞こえる衝撃音でその思考は打ち切られた。


「カラドさん……」


 耳に残る音が意味すること。何が起きているのか知る術は持たないが、大体の想像は出来る。

 こんなことをしている場合ではない。見つけたなら一刻も早く、知の探求者の元へと向かわなければならない。

 レイエルは鳴り止まない衝撃音を頼りに、その戦禍を目指す。

 近づくにつれて、その音と衝撃を強く肌に感じる。それだけでは知の探求者ブックイーターが優勢なのか、カラドが圧倒しているのか、分かるはずも無い。

 最悪の想像も頭に浮かんでしまうが、今はとにかく心配するよりも先にやるべきことを成し遂げなければならない。


「……っ!!」


 より力を込め、走る速度を上げようとしたが、足に鋭い痛みが生じ、思わず止まってしまった。

 昨日、知の探求者ブックイーターに加えられた傷。掠り傷で包帯も巻かれているが、先程から走り通しなので、傷を負っていなくてもその足には負担が掛かっている。


「早く、行かないと」


 痛いし、本当は怖い。知の探求者ブックイーターという存在を知ってしまって、足はその恐怖だけで竦みそうだ。

 けれど、泣き言や弱音を吐いている場合ではない。一歩でも多く進んで、一秒でも早く駆けつけないと、何もかもが手遅れになってしまう。

 気力だけで、痛みを押しのける。全力疾走は出来ないが、歩くよりはずっと早い。

 しっかりと前を見なければ。傷付き怖いのは自分だけでは無い。ステラや、カラドだってそうかもしれない。その中で、自分に出来ることをやり遂げる。


「あれは……」


 何度目か分からない角を曲がり、前を見続けるレイエルはその人影に気付く。見たことがある容姿。そして、抱き抱えられているステラ。

 呼吸を乱し、必死に走るフェローが、そこにいた。


「フェロー、どうしてこんなところに。カ、カラドさんは?」


 駆け寄ってきたフェローに尋ねる。フェローにはカラドの援護を頼んでおいたのだが、その護る対称は何処にもおらず、意識の無いステラが抱えられている。

 その状況で、何も分からないほどレイエルは馬鹿ではない。今尚続く戦闘音。聞かなくても、答えは分かりきっていた。

 さすがに人一人、しかも少女とはいえ力が抜けている人間を抱えて走るのに想像以上の体力を要したらしく、フェローはレイエルの目の前で止まり呼吸を整える。


「あいつ今、知の探求者ブックイーターの相手をしてくれてる。とにかくこいつを安全な所につれて行けって。一人残って戦ってくれてるんだ。でも、あいつ。片腕が……」

「え……? 片腕って、もしかして……!!」


 その言葉で理解出来なかったわけではなかった。大方の予想はついてしまう。昨日はあれだけ圧倒していたのに、攻撃を受けたことが信じられなかったのだ。言い淀んだフェローもそれ以上言葉を続けない。


「フェロー、ステラさんのこと頼みましたよ」

「え? ちょっと。レイエル!? 危ないって!! 僕が行くよ」


 フェローの抑止の声も聞かない。レイエルは今度こそ、その足に力を込めて、必死に駆ける。

 激痛が走る。治りかけていた傷口が開き血が滲む。

 それがどうした。カラドはもっと酷く、痛い目に合っている。自分と他人を比べるわけでも無いが、こんな痛み、大したことは無い。


 皆が頑張った。次は、自分の番だ。レイエルは抱えている本を強く抱きしめる。

 これは知の探求者ブックイーターのルーツ。彼の母体であり、そして、全てだ。

 全てをトゥーラから聞いたわけでは無い。トゥーラはブリューゼル第十廃図書館の棚を調べて欲しいとだけ告げた。だから、レイエルの出した結論は、間違っているかもしれない。色々と分かったが、結局は推測の域を出ないものだ。

 けれど、これしか考えられない。知の探求者ブックイーターは聖霊に近い存在。魔導書と聖霊の関係を知れば、もうこれぐらいしか方法は無かった。


「私が行くまで、倒れないでくださいね」


 自分で出来ること、他人にしか出来ないこと。全てを自分の力で解決出来る天才は、ここにはいない。もしかすると、天才などこの世にはいないのかもしれない。だからこそ、人間は力を合わせて今まで頑張ってこれたのだ。

 今まで、自分一人で頑張ってやってきた。全部が自分の力だと、トゥーラに言われるまでは思い込んでいた。カラドに出会ってから、自分一人でも出来ると、少し強がっていた。でも、そうじゃない。


 本当はカラドのおかげ。本当はトゥーラがいたから。自分が作り出していた成果は、他人の力があったから。

 誰かを信じる。誰かを頼る。自分一人では出来ないことでも、それならきっと上手くいく。

 レイエルの足に力が籠る。足止めをしてくれている、カラドを助けるため。そして、二度とこんな惨劇を生まないために。

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