第二章⑧

 闇というのはこの上なく怖い。

 何も見えないし、何も知ることが出来ない。その中にただ独りでいようものならば、発狂してしまいそうになる。闇とは恐怖そのもの。誰だって、恐怖からは逃げ出したい。闇を少しでも取り除きたい。そう思っている。

 ただこの日の闇は違った。夜によって形作られた闇、申し訳程度にそれを照らす街灯は少し前の状況を想起させた。

 図書館に存在した書庫という知の闇。そこを訪れた時の興奮が、未だ冷め止むことは無い。

 知の探求者ブックイーターは図書館にいた。先程襲った場所とは違う図書館。今回は無事、全てを喰らうことが出来た。周囲には血が飛び散り、内装はぐちゃぐちゃ。竜巻でも起きたのかと思えるほどに、図書館内部は惨状と呼べる有り様だった。

 明かりと言える明かりは月のそれのみ。丁度良い闇がここには形成されていた。


「もっと、もっと知識を付けなければ」


 男の声が荒廃した図書館に吸い込まれる。それを聞く者は誰一人としていない。ただこの興奮を、言葉に表さなければおかしくなりそうだった。

 知の探求者ブックイーターは本を貪り喰らう。千切り、咀嚼する。そうして知識を増やしていく。


「こんなものでは足りません。あの司書官に勝つことなど出来ません。アレを食すにはもっともっと、経験が、世界が必要なのです」


 一心不乱に飲み込み、叫ぶ。

 何故なら強かったから。何故なら興味をそそられたから。何故なら楽しかったから。何故なら美味しそうだったから。数多くある理由。そこに見えるのは、ある一人の司書官の存在。

 カラドという存在が、知の探求者の心を占めていた。そこから生まれるのは、ただ単純なる探究心のみ。

 あれだけ圧倒されたのだ。あれだけ短絡的な理由で向かってこられたのだ。記憶に刻みつけられないはずがない。


 だから、欲しい。

 アレが、あの男が、あの司書官が、欲しくて欲しくてたまらない。

 例えるなら光。それは光のように眩かった。闇に埋もれている自分にとっては、嫉妬さえ覚えるほどの光。それを奪いたい。

 そのためには、もっともっと知る必要があるのだ。


「喰った人間は軒並み死んでいましたから知り得ませんでしたけど。食いかけが生きていればその情報が入ってくるみたいですね」


 それは知の探求者ブックイーターが知らなかった自分自身の知識。レイエルという少女の司書官を喰らった。それは皮膚だけだが、生きているという情報と、今どこにいるのかという情報が微かに脳に流れ込んでくる。

 微弱過ぎて詳しい場所までは把握できないが、それまで活用出来なかった知識だ。それが知れただけでも十分。

 魔導の指輪を食べた時もそれに似た感覚だ。情報が胃の中、自分の身体の中で生き続けているような気がするのだ。


 例えば今晩食した魔導の指輪は剣の姿をしていた。それが情報としてなのか、それそのものとしてなのかは分からないが、確実にイメージでき、今にも自分の能力であるかのように顕現出来そうだ。

 試しに少しそのイメージを強固にして、手に力を込めてみる。


「……存外簡単に顕現できるものですね」


 微量な光と共に、その手に禍々しい刀剣が収められた。

 あっさりと、いとも容易く出来てしまい、拍子抜けする知の探求者ブックイーターだったが、再び無知の闇を拭い去れたことにこの上ない快感を覚える。


「なんて素晴らしいんでしょうっ。わたくしの身体は少し知識が足りないだけで、出来ないことなど何もない。そんな錯覚を覚えてしまうほどに、完璧じゃあないですかっ」


 新たに身に着けた力に心が高鳴り、月に向かって吠えてしまう。今日のものが出来たのならば、以前までに喰っていたものも出来るはずだ。

 この力があれば、いけるかもしれない。少なくとも決め手に欠けるということは無くなるはずだ。

 早速明日にでも、彼に会いに行こう。知の探求者ブックイーターはそう思い立ち、夜の闇に溶け込んだ。

 知の探求者ブックイーターは何も知らない。無知であるが故に求め彷徨う。自らのことも、舌に記された文字も。彼は闇を恐れる。何も無いことを恐怖する。

 それが知の探求者ブックイーターの行動原理だった。

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