司書官達は聖霊と共に ―知の探究者―

秋草

プロローグ

 扉をくぐればそこは人々の話し声や馬が馬車をひく音、どこかで誰かが作業をする音、そういった外界のにぎわいを現す喧噪から隔絶された、不思議であり非現実的とも言える空間が広がっていた。

 そこは不思議ではあったが、居心地が悪いわけではない。寧ろ一歩踏み入ればそれまでとは全く違う世界に入ったような、田舎から都会に降り立ったようなそんな感覚が無性に心地良い、そんな空間だった。


「この本ってどこにあるのかしら」


 中年女性が一人の若い司書官に詰め寄る。宝石だらけの装飾品にその年に不釣り合いな若々しい服を身に纏う、結構キツめの出で立ちではあったが、司書官はそれに圧倒されること無く、笑顔を絶やさないまま手早く紙に書き記し、それを女性に渡した。


「そっちの本は『021―3―789』の棚に置いてある。背表紙に書かれてる番号はこっちに書いてあるよ」

「あらどうも。あなた新人さん?」

「ああ、そうだけど」

「なかなか端正な顔立ちじゃない。これからも頑張って頂戴」

「……あ、ありがとな」


 褒められついでに、ウインクと投げキッスまでされ、さすがにその笑顔も曇ってしまう。そのことに気付かないまま、女性は立ち去った。

 次にカウンター前に立ったのは、髪はぼさぼさで、そばかすが目立つ若い女性だった。視線をあちこちに向け、おどおどと不審な動きを見せている。


「あの、『北方王国、中世の歴史』という本を探しているんですが」

「それなら……って、おい。三週間前に貸出した二十冊の本。まだ返却されてねえじゃねえか」

「す、すいませんっ。まだ読み切れてなくって。明後日には返しますからぁ」

「もう返却日は過ぎてんだけど……。じゃあ返却日を延長させておくから、そういうことでいいか?」

「じゃっ、じゃあそれで。お願いします」


 女性の貸出と返却の記録がされているカードに、日付の書かれているハンコを押す。そして再び紙に数字の羅列を書き記し渡した。


「さっきの本はこっちにあるからよ」

「あ、ありがとうございます」


 逃げるように、しかしどこか嬉しそうにしながら、女性は駆けて行った。


「すいません。この本借りたいんですけど」

「ああ。じゃあ会員証を見せてくれ」


 次々と利用者がやってくる。それに司書官は柔軟に対応。笑顔を絶やすことなく受け答えしている。本を借りるもの。本を返すもの。探している本を聞きに来るもの。新しく入荷してきた本を尋ねるもの。ただ単に雑談をしに来るもの、様々だ。

 図書館を訪れる人の数は多く、一日に千人を超えることもある。彼ら司書官は、その中で働き、本を管理している。


「ちょっとあんた。えーっと、カラド=ファブロ、さん? 今日から司書官になったんだって? 気を付けなさいね。最近図書館を襲う輩がいるんだから」

「確か、『知の探求者ブックイーター』、だっけか」

「そうよ、そいつよ。全く、私達庶民の憩いの場を潰して何が楽しいのかしら」

「正体不明。誰もその姿を見たことが無い。そんな幽霊みたいな奴らしいな」

「早く捕まらないかしら。気軽に図書館も行けないわ」


 ぶつぶつと、司書官に世間話をしている高齢の女性。しかしそれに対して非常識だと思う人はこの場にはいないだろう。

 図書館は本を貸し借りするだけの場ではない。図書館という場所は庶民の人々の交流の場となっている。


 それでも外のように雑多で騒々しいというわけではない。図書館の決まり事として、館内では騒がない、というものがある。それに従って人々は耳障りにならない程度で交流をしていた。

 だからこそ、図書館は世界中に広まり、親しまれている。そしてそこで働く司書官もまた、人々に愛される存在だった。


「次の人、どうぞー」


 司書官は笑顔で利用者に対応する。よく見るとその笑顔は微妙に引きつっており、敬語を使ってはいるのだが不慣れであるように見える。先程から言われていた通り、新人だということが分かった。


「すみません。わたくしこの本を借りたいんですけど」

「分かった、ちょっと待っててくれ」


 カラド=ファブロと書かれた名札を付けている赤髪の司書官は、何処か楽しそうにそう応えた。

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