第三章⑦
「
泊まるあても特にないので、カラドの実家に泊まることになったレイエルは、夜だというのにはた迷惑な大声を上げた。
驚きと興奮が入り混じった様子で、カラドに詰め寄る。
「それがあれば、もうあんな被害出ることなんて無いんですけど」
今まで誰一人として攻略出来ていない未曾有の化け物。
運良く昨日は生き延びることが出来たが、未だ司書官を襲う恐怖は去っていない。それの対抗策となれば、誰だって縋りたくなる。今はどんな情報でも、どんな考えでも、それに対するものならば全てが惜しい。カラドだって、藁にでも縋る思いだ。
「それで!? どんなもんなんですか、その対抗策ってのは」
「厳密に言えば対抗策ってわけでもないんだろうが、これだ」
そんなに期待されても、見せるものは何の変哲も無い手紙だ。しかもあまり確信は持てていないという。これだけ期待を上げておいて、レイエルに一蹴されてしまえば恥ずかしいことこの上ない。
見せるのも嫌だったが、渋々カラドは手紙を渡す。
「えーっと、我が息子カラドへ……」
「そっちじゃねえその下だ」
危うく親子の赤裸々なやりとりが見られてしまうところだった。まあその気になれば読めるだろうが、元々レイエルはそんなものには興味が無いらしく、示された通り素直に紙の下部を読む。
「……え、これってほんとなんですか」
読み終えたのか、動揺を隠しきれずカラドにそう尋ねる。愚問だとレイエル自信そう思っている。ただどうしても質問せずにはいられない、といった表情だ。
それにカラドは肩を竦めて返した。
「書いてた通りだ。確信は持てないってな。飽く迄も俺の親父が立てた仮定だ。間違っている可能性の方が、高えんだよ」
「でも、これって……」
レイエルは言い澱む。到底信じられないという思いと、この理屈で行けばなるほど辻褄は合う。その二つの考えが、レイエルの判断力を鈍らせていた。
別にこの手紙で打ち出されたカラドの父の憶測は、超理論とかそういったものではない。考えられるべき可能性の一つが、そこには記されている。だからこその、戸惑い。無理だ有り得ないと、決め付けられない点がある。それが何より恐ろしく、魅力的だった。
「俺は信じるぜ。俺達には現状奴に対して何の手段もねえ。だったら、今あるもん全部使った方が得策だろ。それが例え確証の持てないことだとしてもな」
本当かどうかは分からない。もしかするとそれは何の役にも立たないものかもしれない。それを知っていたことで、危険に陥ってしまうかもしれない。それでも、今は何も無いよりはマシだ。この情報がどこでどう効果を発揮するのかは不明だが、これでようやく知の探求者のことが知れた。
二度とは会いたくないが。
「まあ仮にこれが本当だったとして。その後に書いてる
これが事実であろうが無かろうが、それを確かめる術は、
『重傷を負った薄命の友人からの、振り絞られた最後の言葉だが、
なるほど確かに、意味がありそうで、
そもそもレイエルが
そのことを踏まえて、カラドに尋ねる。
「カラドさんは見ました? その文字とやらを」
「ああ、見た」
「ですよね。私も見えなかっ――え?」
あっさりと、口から出た肯定。余りにも当然のように放たれたのでそのまま、見ていないという前提で話を進めそうになり、間の抜けた声を出してしまった。カラドもカラドで、聞こえていないと思ったのか、その事実をもう一度告げる。
「見たぞ」
「え、え? 見たって何をですか」
「だから文字だろ。親父の手紙に書いてた、知の探求者に刻まれてるっていう」
何を驚いているんだ、という顔で返されるが、驚くのも無理は無い。
先程のことに引き続き、今回のこれも信憑性の無い単なる憶測だと、そう思っていた。荒唐無稽なこと、とまではいかないが、現実離れしていることが書かれていた。それまでの常識、そういったものが覆されていっている気さえする。
それでも、カラドが見たというからには夢でも戯言でも無いのだろう。歴とした現実。それを受け止めなければ、それ以上である存在の知の探求者には届かない。
「文字っていうか、何か数字みたいだったぞ」
「数字?」
カラドは頷き、近くにあった紙に見たという数字を書いてみせる。
数字は『537』で、本当にただの数字らしかった。
「で、これに何の意味があるんですか?」
「知らねえよ。ただ見たってだけだ」
ますます二人の頭は混乱していく。この手紙に書かれていたことはこれだけなので、これ以上頭を悩ませることは無さそうだが、この時点で既に手詰まりに近い。
「とりあえず、トゥーラさんに伝えておきましょうかね」
二人だけで考えていても何も生まれないことを察したのか、レイエルは溜め息交じりにそう言った。元から連絡は入れるつもりだったし、こんな若輩二人が考えるよりも、手早くこれに対して何か良い見解を持ち出してくれるかもしれない。
どれだけ考える頭が集まっても、経験には適わないものだ。
「カラドさん、通信電話ってどこにありますか?」
「そこの、部屋から出てすぐ。すぐに分かるぞ」
「少し借りますよ」
レイエルが出て行き、カラドは一人手紙と睨み合いをする。が、幾ら見つめたところで良いアイデアや、書面にある通りの意図を知れるはずもない。
このことを知って、ここからどうすることが効果的で有効なのか。戦う気もサラサラ無いが、知っておいて損は無いはずなのでカラドは思考を張り巡らせるが、やはり出てこないものは出てこない。
元から、頭で考えることに向いていない性格なので、すぐに手紙との睨めっこにも疲れる。レイエルと一緒に行けばよかったと後悔するが、二人で行っても自分には何も出来ないことに変わりは無い。
諦めて再び手紙との対峙に励もうとしたカラドだったが、勢いよく開け放たれた扉の音にそれは妨げられた。
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