第三章⑪
圧倒的、になるはずだった。
それは自信過剰でも慢心でも何でもない。昨日の書庫での戦闘でも、その実力の差は明らかだった。勝てもしないが、負けもしない。しかし実力が拮抗しているわけでも無い。
ただ傷がつかない身体を以て、カラドが勝つことは無いというだけの話。実力は圧倒的にカラドの方が上だ。
そのはずだった。傷一つ負わず、圧倒しステラを助ける。今頃はそうなっているはずだった。
「あれあれ、どうされたんですか。カラドさん。意外そうな顔をして。そんなに驚くことでも無いでしょう」
「てめえ……っ。舐めやがって」
カラドの息は荒く、駆けつけたばかりだというのに、すでに衣服は汚れている。戦闘の疲れや戦闘そのものでついたものではあるが、それ以上に何より、
光の衣はまだ消えていない。それは戦う意思そのものの現れだが、無闇に飛び掛かるような真似はしない。虚を突かれたのだから、尚のこと冷静に、気持ちを落ち着ける時間が必要だった。
「何処でそんな刀を手に入れやがった」
片膝をついたカラドが見据えるのは、
鍛冶屋にでも忍び込んで手に入れたのか、武器屋から盗んできたのか、あるいは別の何かか。飛び掛かり、何時の間にか持っていたそれに、カラドは斬られた。そこを見極める、あるいは聞き出す必要がある。
「別に難しい話なんかではありませんよ。そんなに怖い顔しないで下さい、あなたの考えるようなことは何一つとしてやっていませんよ。わたくしはただ、得た知識を活用しているだけです」
「得た知識を、活用?」
カラドの眼光が鋭くなる。意味するところは目の前の化け物がしていた行動。摂食攻撃のことだろう。それに
カラドが尋ねると、
「わたくしが司書官を狙っているのは、もちろんその豊富な当人の経験、知識を喰らうこともその理由の一つなのですが、もう一つ。そういった理由とは別に、美味しいから食べるものがあります。それが、魔の装飾品」
「もしかして……っ」
あの持っている刀剣も、指輪に宿った聖霊の力。
「わたくしは得た知識を活用できるようにまでなった、人間のようにっ。昨日までのわたくしとは違う。これがわたくしです」
死なない身体に、豊富な攻撃スタイル。昨日の今日で、目の前の存在はより一層化け物へと進化していた。
カラドの胸中に警戒が生まれる。これまで喰ったもの全てを活用出来るようになったのならば、犠牲になった約三十名の司書官、その分の能力が使えるのならば、それはもう世界を揺るがす兵器そのものだ。カラド一人では、荷が重い。
カラドの警戒を読み取ったのか、
「と言っても、わたくしがそれに気付けたのはつい先程のことですし、具象化出来るものなんてこの刀剣とその前に食べた指輪ぐらいですけど」
「じゃあ今はそんなにビビることはねえってことか」
「そういうことですね」
余裕な表情で返すが、その警戒心が萎むことはない。数が多い少ないは、もちろん少ないに越したことは無いが、それでも昨日までの単調な攻撃の他に、色々選択肢が増えてしまっている。
そんな状態の
放っておけば、この化け物はさらに化け物へと近づくかもしれない。それまでに、ここでケリを付けなければ、止められない。
「色々とペラペラ喋ってくれてありがとな。考える手間が省けたぜ」
今、倒さなくてはならない。
ともかく、何よりも優先してステラを助け出す。目の前の化け物を倒す方法は、その後にでも考えれば良い。
カラドを包む光の衣が淡く発光する。誰もが、見惚れてしまうような、幻想的で神秘的な光。瞬間、それら光の塊は、知の探求者目掛けて跳躍した。
「おっと」
光速、とまではいかない。音速でもない。だが光のそれは人の目に追える速度ではなかった。にもかかわらず、
昨日までの
「昨日のあれは少々困惑していまして。何せあなたほどの存在と出会えることが出来たのですから。ですが、今日は違いますよ。本日は、ただあなたを喰らうためだけに行動します」
「そうかよ」
化け物の雄弁な語りの詳細に、一切興味は無い。ただカラドが見据えるのは、次の一撃。さらなる攻撃の手。
跳躍したカラドは身を捻り着地、そのまま
「だからわたくしは――」
「本気だってか?」
悠然と笑っている
カラドからの一撃を避け、確信していたはずだ。攻撃が直線的過ぎると。避けることは容易いと。延々とそういった攻防が続くと思っていたのだろう。
それは半分間違っていて、半分が正解だ。カラドの攻撃は直線的で、躱すことも難しくは無い。カラドに固執している
けれどもう半分。この攻防について、それは長く続くことは有り得なかった。
昨日、
「おっ!?」
カラドの拳はその目前に迫っていた。
「くっ!!」
咄嗟に。ほぼ条件反射的に、持っていた刀剣を振るう、が、それはただ無情にも空を切るだけに至る。
命中こそしなかった。相も変わらない速度で、拳を退いたのだ。
それだけでよかった。ただその体勢を立て直す時間。ほんの僅かでもその時が確保出来れば、それは成功だと言えた。
「ちぃっ」
カラドが慌てて繰り出した次の攻撃。速さ、力共に先程のものよりも劣るが、食らえば間違いなく殴り飛ばされる。刀剣による牽制も、間に合わない。しかし、その身を退く必要もまた、無かった。
「っ!?」
カラドの動きが止まる。そのまま拳を突き出していても、ダメージは与えられないが、それでも攻撃しないよりはマシだ。ましてや先程から一撃も与えられていないこの状況で、その一撃の結果がもたらす影響は大きいはずだ。
しかし、攻撃しなかった。
「この外道が……!!」
「よく言われますね」
カラドの拳。
カラドと
ステラの直前で、カラドの一撃は止まっている。当然、その機会を見逃す
しかし、振り上げる形で薙いだ刀剣は、再び空を切る。
カラドの姿が
「ふう。お互い、攻撃が当たりませんねえ」
「人質を盾にしてる奴には言われたくねえな」
目の前の外道が、妖しく笑う。対してカラドの表情には、俄かに疲れが見え始めており、口では余裕を見せているが、その実あまり余力は無い。
「ありったけのスピードで、まずはステラを助け出す。出来るか?」
――私は大丈夫です。でも、カラドさんが――
誰にも聞き取れないほど小さく、呟かれた声にやはり返ってくる音は無い。ただ反応したのはカラドと一体化しているシャルの思念。それが直接、脳に響いてくる。
「俺は大丈夫だ。じゃあ頼んだ」
――はい、気を付けてください――
その会話の終了と同時に、カラドの纏う光はその発光量を増し、身体全体が淡く輝き始める。
長期戦は不利だ。元からそんなつもりは無いが、このまま攻防を繰り返しているといずれ、隙を突かれ本当に喰われてしまう。
短期戦。勝負はほんの一瞬。
カラドは爆発したように、その身を跳躍させた。
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