第16話 予感

 小野寺家レイチェルの部屋。レイチェル・ミズシンはその日、よくわからない草抜きに参加させられた後、あれやこれやとご飯を御馳走になり、そして暇な時間を与えられていた。


「疲れた」


 そんな独り言が飛び出すほど、この日はつめ込まれていた。まるで病み上がりの一日ではない。草抜きに参加させられた後、その畑の主稲住さんとやらに呼ばれ、物珍しさか、小野寺ひすいとお昼をご馳走になった。まあ、草抜きの対価と考えれば当然のことだったが、量がことに多かったのが驚きだった。欧米人はなんでもかんでも多すぎる、が母の口癖だったからだ。それに加え、そういえばその場に南方圭介はいなかった。代わりにひすいがご飯をせっせと頬張り笑顔を見せていたのだが、報酬、対価としてはいただけない。


『ところで、なんで圭介は帰ったの?』


 レイチェルの質問にひすいはふふっと笑って、あにさんだからね、とよくわからない返答をした。煮え切らない。小野寺弓枝の引いてくれた布団の上でゴロゴロしていたレイチェルだったが、ふと窓を見上げれば、ぼうっと見える隣の家、すなわち南方亭。窓は真っ黒。どこかに出かけているのだろうか。また、どこかの草抜きでもやっているのか、と考えると、随分と馬鹿らしい少年である。


 体力の半数以上を今日は草抜きとそこからの移動に持って行かれた。病み上がりも手伝ってひどい倦怠感だが、それでもえいと気合を入れて、少女はノートパソコンを開いた。それが彼女の本当の目的であるからだ。明日から学校なんて知らない。


ノートパソコンの画面には、この辺り一帯の電波状況を示す地図が広がっている。だが、変わる様子はない。始めてあの三脚式円盤が現れた時は、微弱ながらに電磁波の異常を感知したものだが。


 圭介には、帰るはずがない、そういったが、実際のところはよくわからない。地球に住む人類と、地球外の彼ら。その間に、どれだけ思考の差があるのか。そもそも、何に感染するかもわからないリスクを背負っている彼ら。一回失敗しただけで、長期滞在のリスクを考慮し、去ることもあり得る。もちろん、レイチェルが寝ている間に彼らが出て行ったことを示す異常電磁波が感知されていたのかもしれない。そもそも、自分が牧場に積極的に行こうとしないのも、内心ではそう思っているからではないか。


 と、その時、地図が揺れた。あの牧場の位置で。一瞬。レイチェルは目を疑ったが、確かに今、地図が揺れたのだ。ログを表示し、それが確かであることを確認。すると、どうだろう。電磁波の異常がたてつづけに発生したではないか。そこでレイチェルは違和感を覚える。まるで隠す気のない電磁波異常。


「もしかして、戦ってるの?」


 レイチェルは部屋の窓を開けると、南方家を確認する。やはり窓は真っ黒。そして、その奥、もう一つの建物には動く影が。


「本当に、一人で?」


 動き、異常な電磁波を知らせ続ける彼女のパソコン。何が起こっているのか。月の見えない闇夜に少女は静かに身を震わせた。

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