第36話 お見舞いに行かない
「ここまで来て、行かないの?」
レイチェル・ミズシンは訊ねた。夕刻。比較的巨大なものが動いても違和感のない時間帯。どこから借りてきたのかトラックの荷台に載せられて運搬されてきた〈カミノネゴウ〉は布をかぶって駐車場の一角にいた。
「やっぱり、僕は圭介には会えないよ」
「なんで」
レイチェルは訊く。
「だって、僕のせいで」
「それは、わたしも一緒だからいいってことにしたでしょ」
元はといえば円盤の前に無謀にも出て行ったレイチェルをかばうために〈上野根號〉が走ったのが原因だ。一脚を押さえつけたまではよかったが、そこから伸びたワイヤーが圭介を直撃した。
「だから、強いて言うなら悪いのはわたしの方なんだから。それでも、妥協してあなたも半分くらい悪いって決めたじゃない」
「だって、僕が戦いたいっていったから、圭介を怪我させちゃったんだ。だから、悪いのはやっぱり僕だ。圭介だって怒ってる。僕が行ったって喜ばない」
レイチェルは頭を抱えた。妙に偏屈になりだしたロボットに。
「僕は、圭介みたいになりたかったんだ」
〈カミノネゴウ〉はつぶやくように言った。
「だから、みんなのためになるように戦いたかっただけなんだ。それなのに、こんなことになるなんて」
「それだったら、なおさら必死になったらどうなの? 圭介はあなたが動かなくなった時、それでも必死で呼びかけて、ずっと騒いでたんだから」
レイチェルは、あのとき、本当は宇宙人たちの結末を訊きたかったのに、結局訊けず仕舞いだったことを思い出した。
「じゃあ、僕も騒げば圭介は元気になるの?」
レイチェルは頭痛がした。やはりなんだか、子供だ。
「逃げたいのね」
レイチェルは言った。
「それで、もう一生圭介とは会わないつもりなの?」
「それは」
「まだ意識が戻らない圭介にも会えないようじゃ、もう一生喋ることもできないよ」
レイチェルは少々茶化すように言ってみたが、意識が戻らない、というその言葉が〈カミノネゴウ〉に重くのしかかったらしく、うつむかせてしまった。
「じゃあ、どうしてレイチェルは平気なの?」
怖くはないの、恐ろしくはないのか。自分の責任で今、一人の人が死ぬかもしれないのに。
「レイチェルさんは、本当は自分の責任だなんて思ってないんだ。だから、そういうんだ。僕とは違う」
「そうね。あなたみたいなのとは、一緒にしてほしくない」
レイチェルは言い放った。
「わたしの、わたしのお母さんは、わたしのせいで死んだ。パパも、お母さんを助けるために死んだの。数で言ったら、わたしのほうがよっぽどだと思わない?」
〈カミノネゴウ〉は驚きを持ってレイチェルを見た。
「お父さんに恨みを持った宇宙人が、わたしの家に来た時、わたしは何もできなかった。もうね、あなたみたいな悩み、とっくの昔に過ぎてるの。ごめんね」
「そんな」
「あのね、わたしはもうパパにもお母さんにも会えないの。聞きたいこともあるし、もっと、一緒にいて欲しかったって、本当は時々思う。でも、もうそれは絶対に叶わないの」
〈カミノネゴウ〉は、何も言えなかった。
「あなたは、違うでしょ」
「でも」
「あのね、いざとなった時、正論なんて何の役にも立たないの」
レイチェルは睨みつけるように〈カミノネゴウ〉を見た。
「自分の胸に手を当てて、よく考えてみたら?」
会いたいのか、会いたくないのか。
「あとね、ひすい、ひすいはね、あなたなんかよりも、よっぽど強いよ」
レイチェルは言う。
「あの子は、自分がずっと、圭介から疎外されてたことを、真っ直ぐ受け止めた。あなたも、自分がしたことを受け止めなきゃ、前に進めないんじゃない」
「レイチェルさん」
〈カミノネゴウ〉立ち上がった。ばさり、と布が落ちる。やっとね、とレイチェルはかぶりを振った。
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