第37話 インデペンデンスデイ
もしも、予兆があったのなら、それは、何もなさすぎた、ということだろうか。レイチェル・ミズシンだけが感じ得た違和感。それが現実となって現れた。
もうほとんど見ていなかったノートパソコン。それが突然、すさまじい電磁波の異常を感知した。それどころではない、もうそれは、目に見える形でこの上根市に現れたのだ。
――真っ黒な巨大円錐。
その尖った部分を地面に突き刺し『降臨』したそれは、大地震でもって地上を揺らし、先制攻撃とした。
「レイチェルさん、あれは?」
夕焼けをバックに現れたそれ。今まさに、圭介の病室を訪れようとした矢先であった。
夕日をバックにそれは、不動を決め込んでいた。
「ゴウ、行こう」
レイチェルの言葉に〈カミノネゴウ〉は素直に従った。屈んで手を差し伸べ、レイチェルはそれに素早く乗る。
地面から少し傾いて刺さっているそれは、まるで悪魔のおとしものだった。
落下地点はちょうど、〈上野根號〉と一脚式円盤が激闘を繰り広げた地区。住居はあるが、未だ人が帰っていない場所だった。おそらく死傷者はいないだろう。
「待ってくれ!」
立ち上がろうとした〈カミノネゴウ〉を止める声。浅田邦彦だった。
「おれも、連れてってくれ」
「いいよ。大丈夫だよね、レイチェルさん」
〈カミノネゴウ〉の言葉に当然レイチェルは頷いた。
「あなた、あの宇宙人たちの友達だって聞いたけど」
走りだした〈カミノネゴウ〉の手のひらの上でレイチェルは訊ねた。
「そうだ。あいつらはおれの友達だった」
でも。
「あいつらは、結局この町を破壊した。止めたかったけど、おれにはできなかった」
「……」
「でも、だからといって、今逃げる理由にはならない」
目の前のそれは、確かに異星からの侵略物に違いなかった。そして、結びつける相手はもちろん、あのイガカ星人たちだ。
「確かに、死体は確認されてないって聞いてる。十分にありえると思う」
レイチェルは冷静を保っていった。
「なら、止める。今度こそ」
近づけば近づくほどその巨大さがわかる。百メートルは言うに及ばず。〈カミノネゴウ〉の心に不安が染みていくのがわかる。
「なんだか、随分パワーアップして帰ってきたね」
「まあ、今まで一日と経たない間に船を修理して戦いに来てたし、三日もあればこうなってもおかしくは……」
そういうレイチェルの顔が一気に青ざめる。二人と一機が近づくと、ついにその円錐は動き出した。それは、円錐ではなかった。無数の足が絡みあい、円錐を形成していたのだ。いわば大気圏突入形態。それが解かれると、それは巨大な円盤のように見えた。無数の足一本一本を今度は円盤状に固めたせいだ。中央には操縦室、機関室等をまとめたいわば頭部のような役割を持った部分が存在している。その兵器のことを、途上星の人間として、レイチェル・ミズシンは知っている。
「禁止兵器、〈センチポッド〉!」
千の足を持ち、その一本一本の先端に陽電子砲を持つ機体。そして何より恐ろしいのは、その頭部に備えられた反物質砲だった。
彼女の声に反応するように、〈センチポッド〉はその千本の足を同時に地面に突き立てた。
威嚇。
それだけで〈カミノネゴウ〉は立てなくなった。そのすさまじい振動と轟音、立ち上る土煙。途上星を制圧するために、先進星の住人が以前作り上げた悪魔、そのものだった。
『地球途上人に告ぐ。この星は、このイガカ星人、バケルゼッドが貰った。まずはおとなしく、その未知のエネルギーとやらを頂いていこうじゃないか』
一歩進むために千の足が地面を穿つ。その振動だけで〈カミノネゴウ〉の足が地面に縫い付けられていた。どうやらこちらをすでに把握している様子。
「ねえ、あのバケルゼッドってのもあの宇宙人たちの仲間?」
レイチェルは訊ねた。彼女も地面から立つことが難しく、しょうがなく両手地面に付いている。
「知らない!」
先進星の『貴族』だろうか。そう思うと、浅田邦彦の胸に憎しみが湧く。奴らがいるから、あの三人は犯罪に手を染めざるを得なくなったのだ。
だが、今度こそ彼には何もできなかった。立つことすらできず、あの三人でないのなら、説得もできない。しかし、それでやらない理由にはならない。こいつが、あの三人を苦しめた元凶なのだから。
「留学生、なんとかあいつに対抗できないのか?」
「それは」
レイチェルは言い淀んだ。レイチェルの知る限り、その全長は最大に百メートル。千門に及ぶ陽電子砲を操るこの侵略兵器に勝つ方法はまるで思いつかなかった。
「なんにせよ、おれは、あいつを許しては置けない」
『宇宙人、そこまでだ』
そのとき、聞き覚えのある声があたりに響いた。〈センチポッド〉も足を止める。
「上司だ」
浅田邦彦はつぶやいた。そう、その声は以前、あの三人の部屋で聞いたものだった。
「そうだけど、どうして知ってるの?」
レイチェルは言った。と、その背後から轟音を引きずって奇怪な乗り物が飛んでいった。強いていうならVTOL機のようでもあったが、どこか円盤的な未確認飛行物体を彷彿とさせる二つの円盤をもった乗り物だった。
『地球人か。降伏ならいらん。すぐにでも押さえつけて……』
そのとき、宇宙人の声に雑音が入った。
『押さえつけ、られるのかな、今の君に』
その声はその奇怪な乗り物から発せられている。
「ハーミスだ」
レイチェルはつぶやいた。
「だれ?」
〈カミノネゴウ〉の質問に、わたしの上司よ、とレイチェルは答えた。邦彦は眉をひそめた。
「待て、こいつの声は、マネルニットたちと会話してたぞ」
「なにいってるの。ハーミスはわたしの上司で、監視機構の構成員だから」
「……嫌な予感がするぞ」
『お前は、確かおれたちの味方だったはずだ』
宇宙船から声が響く。レイチェルが、え、と声を上げる。
『そうだな。お前たちから賄賂を受け取り、お前たちの密入星をいくつも見逃してきた』
「そんな、嘘……」
『だけどな、疑問に思わなかったのか。おれたち地球人は基本的にお前たちと貿易はできない。お前たちから外貨を受け取ったってなんの価値もないんだ。じゃあ、何を代わりに受け取っていたと思う?』
〈センチポッド〉がその千の触手の内、たった一本でも振ることができればいとも簡単にその地球人の飛行物体を叩き落とせるはずだった。でも、その触手一本とて、バケルゼッドは動かすことができなかった。その操縦室でいくらレバーを、ボタンをおそうが反応はない。ただ、モニターいっぱいに、
〈BABEL〉
〈BABEL〉
〈BABEL〉
〈BABEL〉
〈BABEL〉
〈BABEL〉
の文字が並ぶのみ。
『わからないかなあ。技術だよ、技術。君の部下たちは地球に来るとき、自分たちの持っている高度な科学技術を提供していたんだ。おかげでね、こういうことができるようになったんだ』
『ハッキングだと?』
『もっと地球のことを勉強すべきだよ』
ばん、と〈センチポッド〉の上部から、小さな何かが飛び出た。
「人だ」
〈カミノネゴウ〉はつぶやいた。厳密に言えばそれは、〈センチポッド〉に乗っていた宇宙人バケルゼッドだったのだが。それを、地球人の飛行物体が撃ち落とした。
「そんな……」
そうつぶやいたのは他でもなくレイチェルだった。震える手で携帯電話を取り出し、電話をかける。相手は随分余裕を持って出た。
『ああ、レイチェルか。調子はどうだい?』
「今、どこにいるの?」
『決まっている、宇宙船の中、こいつの名前は〈センチポッド〉だ』
地球人の飛行物体は宇宙船に着陸していた。
「そんな、どうしてハーミスが」
『レイチェル、疑問に思ったことはないのか?』
「何に」
『地球人がこうして、バカにされ続けている事実に、だ』
ハーミスは続ける。
『わたしは、幾つもの賄賂を受け取ってきた。くだらんゴミみたいなものを押し付けてくる奴もいた。そして、だからといって宇宙連盟に連絡をつけても、派遣が行われるのは最短半月。途上星はまともに取り合ってはもらえんのだよ』
「だからといって」
『地球には力が必要だ。我々〈独立派〉は賄賂という名の情報、技術の供与を受けて、反逆の機会を伺ってきた。それが、今日だ』
「でも、流石に〈センチポッド〉一機では……」
『奴の計画に、どうやらこの土地にある未知のエネルギーを利用した惑星兵器化がある。それを使おうと思ってね』
「そんな、そんなことしたら」
『悪いが、日本列島には消えてもらうだろうね、最低。まあ、いいじゃないか。君もこの国、嫌ってたみたいだし』
「それは……」
『ただまあ、悪いけど、すぐに作業にとりかかる。だから君が避難する時間はないかな』
「え?」
『すでに、バケルゼッドを追って宇宙連盟が動いている。半年、否、一ヶ月後には辿り着くだろう。その迎撃をしなくちゃならないからね』
「そんなことは、させない」
レイチェルは震える声で言った。
『なんとでもいえばいい。君には何もできないだろう』
その通り、だった。例えイガカ星人から奪った銃があったとしても、〈カミノネゴウ〉がいかに力を尽くそうとも、あの巨大な侵略兵器は倒しきれないだろう。
「だけど」
『やるのと、やらないのとでは大違いだろう』
明るい光が二人と一機に注いだ。皆が見上げると、それは見覚えのある反重力装置を備えた円盤だった。
「マネルニット?」
浅田邦彦は言った。
『邦彦、助けに来タ』
「カケルニット!」
『わたしは戦士だ。一度受けた義理は、返させてもらう』
「タセルニット!」
にゅるり、と輝く三本の足を円盤から垂らし、地に降り立つ円盤。
「どういうことなの?」
〈カミノネゴウ〉が言った。
『詳しいことは、あんたらの親玉にきけ。おれたちは、戦いに来ただけだ』
マネルニットはそういった。
『邦彦、やっぱりおれたちは、立派に星に帰ることにする。お前の言うとおりだ。密輸したもので家族を喜ばせるのはもう飽きた。せめて、星ひとつぐらい救わないとな』
マネルニットはそう言った。邦彦の声は届いていたのだ。
『邦彦、ここは任せテ。みんなは一度病院に行っテ。南方圭太郎が待ってル』
「どういうこと?」
レイチェルは訊く。
『〈カミノネゴウ〉の改造をすル』
「え? 僕を?」
『とにかく、時間を稼グ。早く行って』
すでに、〈センチポッド〉は動き出していた。どうやら操縦方法を把握しつつあるらしい。
「カケルニット、おれは」
『邦彦、ありがとウ。おかげで、戦う決心がついタ。お前のおかゲ。だけど、ここからはわたし達の戦イ』
カケルニットの言葉に決心がにじむ。もう、邦彦が掛ける言葉はなかった。
「わかった。任せたぞ」
円盤は頷くように傾いた。そして、光の足を格納し、〈センチポッド〉へ飛ぶ。
「行こう」
邦彦の言葉に皆頷く。
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