第25話 宇宙人哀歌

 顔面包帯ぐるぐる巻。バイオテクノロジーと彼らの体を構成するアミノ酸を大量に内包した特殊シートなのだが、見た目的にはやはり、ただの包帯である。ビール瓶の直撃を受け、さらに踏みつけられたカケルニットの顔面は見事にボコボコだった。


 前回負けた時とは打って変わって、マネルニットですら口をつぐんでいた。そして、借りてきた猫状態の浅田邦彦。もはや逆らえない、隠すつもりもなく宇宙人フェイスの彼らに浅田邦彦も同じく、隠すことなくしかし恐怖していた。前と同じくアパートの一室を模した彼らの『テント』の中なのだが、彼らの落ち込み具合たるや比ではない。


 それもそのはず、ロボットに負けたのではない、曲がりなりにもただの地球人に宇宙船に乗り込まれた挙句、一名が負傷、さらに武器まで奪われ、殺されてもおかしくない状態で『見逃された』のだから。


「タセルニット」


 マネルニットがつぶやいた。タセルニットは顔を上げさえしない。


「なんで一人で出て行った」


「あいつが呼んでいたからだ。それに応じただけだ」


 さも当然のことといった雰囲気でタセルニットは言う。マネルニットは鰓を広げた。


「浅田邦彦」


 そして自分の名前を呼ばれ飛び上がる邦彦。


「あいつはなんだんだよ!」


 マネルニットは絶叫した。


「途上人のくせしてなんだ、あいつは本当に途上人なのか?」


 マネルニットは邦彦に躍りかかると馬乗りになって彼の胸ぐらをつかんだ。邦彦は目に涙を浮かべ言う。


「あいつは、南方圭介は昔からやたらと喧嘩に強いだけだ。只の人間だ」


 マネルニットの飛びでた目が爛々と輝いている。


「おまえもなあ、地球人に負けたんだから何とか言え!」


 しかしタセルニットはだんまりを決め込む。ただし、その顔色は露骨に悪い。黒い縞のある顔だが、縞の色がずんと濃くなった。


「あいつの対策が必要だ」


 宇宙人は悔しそうにつぶやき、邦彦から退く。


「でないと、我々は母星には帰れない」


 激昂していたのが嘘のよう。真面目になってマネルニットは言った。


「そもそも、なんでみなさんは地球に来たんですか」


 邦彦は恐る恐る訊いた。


「この星の牛には価値がある。おまえたちは隣の芝は青く見える、などというらしいが、そんなものは貿易の基本だ」


「じゃあなんで貿易に」


「それはお前たちが途上人だからだ。魚と取引はできない、否、お前たちで言うなら猿と取引はできない、そういうことだ」


 だから、奪う。


「お前たちは確かに途上人だが、それでも金持ちの好事家はリスクを犯してでもお前たちの育てた牛を欲しがる。だからおれたちが盗りに来るんだ」


「そんなに、家の牛に価値が」


 邦彦は思わずつぶやいた。


「なんかいったか?」


「いえなんでもありません!」


邦彦が勢い良く返事をしたそのときだった。卓袱台が赤く明滅した。途端、慌ててマネルニットが卓袱台を叩き、タセルニットは邦彦へ毛布をかぶせて隠した。声だけが邦彦に聞こえる。


『マネルニット、調子はどうだ』


 男の声。しかし、その威圧感から、彼らより上の人間であることが知れる。


「上々です。現在任務を遂行中でして」


『それはわかっている。だが、元々の予定では二日前に地球を出ているはずだ』


「き、機体のトラブルです。やはり古い機体ですから」


『嘘をつくな。何かに邪魔を受けているのだろう』


 男は静かに言う。しかし、その言葉の中に秘められた怒りは計り知れない。


「それは……」


『オーバーテクノロジーだな』


 男はいった。マネルニットの口がぱかあとひらき、鰓が震える。


『あれは、いいものだ。品を変えよう。オーバーテクノロジーの情報が必要だ。用意し提出しろ。


「お待ちください、この星の家畜は!」


『あんなものどうでもいい』


「ですが、好事家はなによりも他星の食料を好みます。この星の家畜は金になります、だから」


『うるさいな。とにかく情報を集めろ。報酬は弾む、以上』


 どうやら通信は終わったらしい。邦彦が毛布を取ると、三人は宇宙人顔ながらどうにも困惑している様子。


「あの……」


 いたたまれず邦彦がなにか声をかけようと思案したが、何も出てこない。


「邦彦、とりあえず帰っていイ」


 立ち上がったのはカケルニットだった。顔が人間に変わった。


「送ル」


 促されるまま帰るしかない。邦彦はカケルニットに背を押されるように部屋を出、マンションを下る。


「マネルニットは、食べさせたかっタ」


 夕焼けの川岸、カケルニットは言った。


「わたし達の家、貧乏。それでも家族いル。みんなに、金持ちと同じ食べモノ、分けてあげたかっタ」


「そんなに、家の肉うまいのか」


「わからなイ。だけど、わたし達の星、格差あル。だから、なんとかしてあげたかっタ」


 少しでいい。売る分以外にも、家族の分を持ち帰ってあげたかった。


「でも、さっきの通信でそれは終わっタ。わたし達は、次の仕事をすル」


「いや、でもさ、肉ならいくらでも」


「邦彦にはいっぱい迷惑かけた。マネルニットに代わって謝ル。じゃあね、邦彦」


「カケルニット!」


 頭を下げたカケルニットは、そのままあっという間に走り去ってしまった。橋の脇、邦彦は立つのみである。

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