第13話 第四種接近遭遇

「こんなところにこんな建物あったっけなあ」


 見上げる建物はボロアパート。米依川のすぐ近く、過疎化の進む住宅街の中にそれはあった。


「ココ、わたしたちの家」


「そう、ですか」


 浅田邦彦。南方圭介と同い年の高校生。実家は牧場を営んでいる。


「来るといイ。もし、なにかあったラ、わたしなんとかすル」


 カケルニット。彫りの深い男。日本人離れしているその顔つきだが、詳細はよくわからない。外国人だろうか。


「あ、ありがとう」


 家に連れ込まれたらどうしよう、などと考えていたが問題はなさそうだった。よくも悪くも親切な男なのだろう。


「まあ、なんかあったら来るよ。そうだ、俺の家知ってるか。こっから離れたところなんだが……」


「おい、カケルニット、何をやっている」


 背後から声がかかった。振り返ると、アジア顔だが鬼の形相でカケルニットを睨みつけるハゲオヤジがいた。東大寺南大門の金剛力士像を思い出した。服装はアロハシャツに半ズボンだが。


「何もしてなイ。おれ、帰ってきただケ」


 慌ててカケルニットは力士像に言う。


「そうか。だけどこいつはなんなんだ」


 力士像はぐいと邦彦の頭をつかむ。


「やめテ、船長。それはよくなイ」


「コラッ外でそう呼ぶんじゃねえって言ってんだろうが!」


 力士像は怒鳴る。そこで初めて邦彦は、この男がカケルニットの言う上司なのだということに気付いた。


「ごめんなさいマネルニット」


 カケルニットは俯いた。


「それでいい。で、こいつは?」


「そいつはただの人間。悪くなイ」


「お前、まさか俺達の事話したんじゃねえだろうな」


 マネルニットはカケルニットの胸ぐらをつかむ。


「話してなイ、話してなイ!」


 マネルニットの眼光たるや力士像を超えた。否、本当に光っているのではないかと思わせるほど。


「おい坊主。ちょっとメン貸せ」


 右手に邦彦、左手にカケルニット。マネルニットと呼ばれた男は二人を連れて、アパートの中にずかずかと入る。そしてその一室に二人を放り込んだ。


 卓袱台がひとつ。古ぼけた棚に日焼けしたカーテンがたなびく。そして部屋の中を香辛料の匂いが漂う。これはカレーだろうか。


「いるか、タセルニット」


 二人の後からマネルニットがやってくる。たしかに恐ろしい目にあっているが、匂いと何より部屋の雰囲気から違和感しかしない。どこか落ち着きと、空腹が胃袋に触れる。


「はい、ボス」


 今度は黒人風の屈強な男が現れた。ここは人種の坩堝か。そのとき、浅田邦彦は、不法滞在外国人、なる夕方のニュースで聞いたことがある気がする言葉を思い出していた。


「この匂いは、今日はコショウか」


「カレーじゃないのか?」


 思わず邦彦はつぶやいた。


「なんか言ったか?」


 マネルニットが睨む。震えて言葉も出ない。どうなってしまうんだろう、そのひと睨みで邦彦は自分が置かれている状態が絶対的危機であることを実感した。


「おれたちはこれのことを、コショウと呼ぶ」


 タセルニットが持つ皿を指さしマネルニットが言った。そこには胡椒でもなければカレーでもない、緑色の液体がふつふつと煮立っていた。


「まあ、これは似せたものだ。本物じゃない」


 わかってるじゃないか。


「本物は、これだろう」


 そういってマネルニットは邦彦が持っているビニール袋を奪った。その中から菓子パンを取り出す。


 カレーパンだ。


「でかしたぞ、カケルニット。ここからはコショウの匂いがする」


「本当カ、マネルニット」


 カッとカケルニットの目が輝く。比喩ではない。あまりの眩しさに邦彦は目をそらした。


「お前、これをもっと持っているか?」


 マネルニットは邦彦に尋ねた。


「ああ。もちろんだ。いくらでも持ってきてやる」


 恐怖に押され、邦彦は思わず口走った。


「それはいいことだ。もっと持ってこい。対価はくれてやる」


「わたし達、この星のお金持ってなイ。よろしく頼ム」


「お前は喋るな」


 マネルニットはカケルニットの頭をぐいと掴む。カケルニットはごめんとつぶやいた。


「お前がこのコショウの塊を持ってくれば、報酬をやる。いいだろう」


「わ、わかった。すぐに買ってくる」


 邦彦は慌てて立ち上がると逃げるように部屋を出た。逃げよう。流石にこいつらはやばい。不法滞在外国人か何かだ。言葉遣いも喋ってる内容も不気味だ。だが、彼がふと見上げた先には、あの、黒人風の男、タセルニットがいた。


「行くぞ」


 まさに脅し。反抗できない。邦彦は観念してコンビニへ急いだ。コンビニでは流石にタセルニットも自分が目立つという自覚があるのか、外で待っている。誰かに連絡しよう、そう思ったが、頼りになりそうな奴といえば〈カミノネゴウ〉ぐらいしか思いつかない。それと、


「南方圭介」


 だが、あいつに連絡するのは癪だ。あいつはそもそも、昔から邪魔ばかりする。体格に恵まれ喧嘩も強い。その上、ずる賢い側面もある。加えて〈カミノネゴウ〉なる弟分を従えている。邦彦がいくら子分を増やしても敵う相手ではない。いつも小野寺ひすいは南方圭介にべったりだ。それが。


 ポケットの中の携帯電話を握りしめていたが、ふと顔を上げると外からタセルニットが睨みつけている。急いでカレーパン、及びレトルトカレーを籠に突っ込んでいると、視線を感じた。


「呼んだか?」


 南方圭介その人だった。予期せぬ遭遇に浅田邦彦は困惑した。


「なんでこんなとこいるんだ」


「お前こそどうしてここにいるんだ。お前の家ここから大分離れてるだろ」


 その言葉に圭介の顔がどこか曇った。一瞬の逡巡の後、彼は口を開いた。


「この前のUFOみたいなやつ、お前も見たか」


 南方圭介は拳を結びそういった。邦彦には、なぜそんな質問をされなくてはならないのか理解できなかった。


「なんでそんなこと聞くんだ」


「いいから答えろ」


 脅すような口調の強さに思わず反発心がこみ上げるが、どうだろう、何かがいつもと違うと直感する。


「見たに決まってるだろう」


誰も信じないけどな。


「そうか。なあ、あれ以降、あのUFOみたか?」


「見てねえよ。ずっと牛の世話ばっかだったしな」


「そうか。わかった」


それだけ。ぼそっと言うと去ろうとする。


「もしかして、お前、UFO探してここまで出てきたのか?」


適当に言ってみたが、圭介の顔に露骨に動揺が走る。


「まじかよ、お前、バカじゃねえの?」


「うるせえな。あれがちょろちょろしてるとどっかのお節介が危なっかしいんだよ」


なにかいってやろう、そう思ったが、それより先に圭介はコンビニを後にした。遅れて邦彦も買った商品を手に外へ出る。


「あいつは、何者だ」


 タセルニットは言った。


「別に。ただのうぜえやつだ」


 なるほど。とタセルニット。彼らのアパートへタセルニットは邦彦を促した。


「お前、名前は」


 タセルニットが言う。マネルニットとは別で威圧感がすごい。


「おれは、浅田邦彦、です」


「そうか。浅田邦彦だな。覚えておく」


 は、はい。


「おまえ、コショウは好きか」


 は、はい。


「そうか。我々もだ。ならば、我々は友だ。我々のいたところでは、そういうことになっている」


 は、はい。


「最も、わたしはマネルニットやカケルニットとは別の部族だがな」


「あの、みなさんはどういう関係ですか」


 ずっと浮かんでいた疑念をぶつけてみる。


「さあな。それはおいおい話せるかもしれない」


 にっと笑ったタセルニット。どっちに取ればいいのかはわからない。

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