カミノネゴウのこと

杉林重工

第1話 前略、地球の上にて

 地球上空、千四百キロメートル、宇宙。


 全長五十メートルを超える黒い鏃のようなそれは、複数のGPS人工衛星群を抜け、ようやく気象観測衛星が群れる宙域に入った。


 太陽は地球に隠れ、逆光で見えるのは青い宝玉のようなそれではなく、影で黒く染まった陰鬱な円だ。モニターの隅、彼らの言語で示された文字は地球に接近していることを告げている。そしてそれは、とある別のものとの接近も同時に知らせていた。


 ――地球人の警備隊との接近。


 彼、の恐れていることの一つだった。彼の部下はどこか抜けている。彼らのような〈違法業者〉は警備隊の目に触れれば、死刑どころか即、抹殺。それを避けるため、賄賂の受け渡しに部下を使った。初めての惑星でのビジネスだ。得体の知れない宇宙人の警備隊員に賄賂を渡すのに、いつでも切れる人員を使った。慎重すぎて困ることはないだろう、上策だと思っていたが、右隣でエラをパクパクしながら航路図を眺めているこいつ、信用に足るのか。そして反対、左隣りの部下は通信機をこまめにいじり周辺への警戒を怠らない。こいつはいい。口数が少ないのが欠点だが。


 彼は再びモニターに目を移す。地球から千四百キロメートル以内の宙域、即ち低軌道といえば人工衛星の数、密度が増し、密航の難易度、つまりは発見率とともに、接触事故の可能性も上がる。廃人工衛星などのスペースデブリも多い。ボケとだんまりの二人を引っさげながら、自分は操舵に集中するしかない。と、モニターに突如あるルートが示された。驚いて左隣に目をやると、部下は静かに、例の警備隊員の案内です、と告げる。その警備隊員の名を尋ねると、彼が賄賂を渡した相手だった。


 ――期待している。


 警備隊員はそう言っているらしい。そこで初めて航路の安全を悟り、彼は肩の力が抜けるのを感じた。ボケ部下もやることはやってくれたらしい。指定された航路に乗り、あとは自動操縦に任せ、両手を下ろす。


 目標は宇宙の果て、太陽系、第三惑星、地球、ユーラシア大陸東端、日本列島。彼の任務はクライアントの要求するあるものを回収し持ち帰ること。そして、地球の熱圏に入ればもうクライアント、及び警備隊員はもちろん同業者などとも連絡はとれない。あとはひたすら賄賂を渡した警備隊員が自分たちの違法行為を揉み消してくれるのに「期待」するのみ。


 指示された航路に従い宇宙船は進み、そして止まった。否、軌道に乗った。地球人の打ち上げた人工衛星群に紛れ込むようにして彼らの宇宙船は停止したのだ。


 そして、彼らは十二時間後、地球に投下される。久しぶりの大仕事に、彼は唾を飲み込んだ。


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