第43話 王の出立
遺跡内部。その天辺には水が張っており、そこをくぐると、何故かその中は空洞で、見上げると水の天井ができていた。そして、水のない水底にいたのは、小野寺ひすいだった。
「ひすいちゃん、なんで?」
ひすいの体はなぜか、青白く輝いていた。水底中央から、唐突に生えている歯車にその手をかけて立っている。
「あにさん、ゴウちゃん!」
ひすいは振り返って呼びかけた。
「ひすいちゃん、これは?」
「あのね、この遺跡は、本当は温泉の力で動くゴウちゃんのために造られたらしいんだけど、宇宙人さんたちが、昔から温泉を飲んでたわたしでも動かせるかもしれないって教えてくれたんだ。だから……ゴウちゃんとところまで、頑張って持ってきたよ」
そういうひすいだったが、言葉半ばにして崩れ落ちた。慌てて〈上野根號・改〉はひすいに駆け寄り、飛び降りた圭介がひすいを抱き上げた。
「あにさん、元気になった?」
そういうひすいの顔色は悪い。呼吸も荒い。
「ああ。よく頑張ったな」
「ねえ、わたし、みんなのお役に立てたかな?」
「当たり前だ」
「それなら、よかった」
「ひすいちゃん!」
そのまま、ふっと目を閉じたひすいに、慌てて〈上野根號・改〉は声をかけた。
「寝ただけだ。安心しろ」
「ならよかった」
そういう〈上野根號・改〉は、その全身に付けられた改修パーツをすべてパージした。
「ゴウ、勝て」
顔は見せない。だが、彼が静かに怒っていることを〈カミノネゴウ〉は感じた。
「もちろんだ」
〈カミノネゴウ〉の肩についた歯車が、ひすいの掴んでいた歯車と噛み合う。足元のくぼみに足を食い込ませ、腕をねじ込み、〈カミノネゴウ〉は今まさに、遺跡と一体化した。
そのとき、〈カミノネゴウ〉は初めて、やっと全身が揃ったと感じた。自分は、この遺跡の一部であり、この遺跡は自分だった。そして、今までそれを、すっかり忘れていた理由も理解した。
「ぼくは、僕だ」
11
『なんだ、このでかい柱は』
〈センチポッド〉=ハーミス・タナーは怒鳴った。これもまた、未知のエネルギーの親類なのか。
「近からず遠からず。むしろそのものと言ってもいいかもしれないな」
その足元、車から降りて南方圭太郎は言った。その時であった。柱が、遺跡がかつんと光を撃ち放つ。
「見よ、これが神外丁一博士が封印した、超自然のエネルギー、旧人類の遺した遺産、〈上野根王〉だ!」
遺跡を粉砕し、飛沫を上げて登場した巨人こそ、遺跡が封印してきた巨大兵器だった。純白の装甲と、刺々しい指先に肩、膝に爪先。神々しさと同時に悪魔的恐怖を植え付ける、まさに畏敬を兼ね揃えた姿。そしてその頭部に生えた五本の角は冠のよう。全身に配された真っ赤な球体から湯気が昇る。
腕組をしたそれが、ずどんと地に降り立てば、辺りを猛烈な熱気が包み込んだ。
『それは一体なんだ!』
ハーミスが絶叫した。
『お前を打ち倒す。そういうものだ』
ゴウが吼える。そして、走った。全長二百メートル、全身を襲う空気抵抗の壁をぶちぬいて。その体から放たれる拳たるや幾重にも達する空気の壁を砕いた猛拳。それが〈センチポッド〉にせまる。
『触るな!』
〈センチポッド〉の頭部が輝く。それは辺りを地獄のような光で覆い尽くす反物質砲、だったが。かっと開いた〈上野根王〉の拳はその手の中に水を蓄え、それでもって〈センチポッド〉の反物質砲を全て吸収した。
『それがお前の全力なら、もう勝ち目はない』
『バカな、どういう理屈だ』
『理屈じゃない!』
〈上野根王〉が手を伸ばす。それに慌てて〈センチポッド〉は後退する。そこをめがけて〈上野根王〉は頭部五本の角からビームを放つ。一撃で触手が千切れに千切れ、はじけ飛ぶ。
さらに、掌中から吹き出たビームを握りしめ、剣のごとくぱっぱと振れば、いとも簡単に〈センチポッド〉の触手が散っていく。再生能力の枠の外、圧倒的な火力がいとも簡単に〈センチポッド〉を追い詰めていく。
『なぜだ! なぜお前は邪魔をする! 人類の独立にお前は反対なのか!』
ハーミス・タナーは叫んだ。
『別に、独立するならすればいい。だけど、誰かを傷つけて独立するのは間違ってる! 誰かを生贄みたいにして独立しようとした星が一人前になんて誰も認めてはくれない!』
〈センチポッド〉は残った触手で必死でビームを放つが、〈上野根王〉の纏う蒸気が全てを弾く。
『お前のいうことはわかった。だが、いまさら退くわけにも行かない!』
蒸気を突き抜け、〈センチポッド〉の触手がグルグルと〈上野根王〉に絡みつく。すると、〈センチポッド〉の頭部が赤く染まる。
『自爆装置をかけさせてもらった。今回は、お前という障害を、のちの〈独立派〉の為に消去することでよしとしよう!』
その赤く染まった頭部から飛び出た脱出装置を、〈上野根王〉はとりあえず、触手を引きちぎった上でつかみとった。
容赦ねえな、という圭介の言葉を聞きながら、〈カミノネゴウ〉は、後ろの二人を水泡で包んだ。
「おい、どういうつもりだ!」
圭介は吠える。
「圭介、とりあえずこの〈センチポッド〉は、僕が宇宙まで捨ててくる」
〈カミノネゴウ〉はやはり、決意を持ってそういった。
「バカいえ、この場で吹き飛ばしゃいいだけじゃねえか!」
嫌な予感に突き動かされて圭介は叫ぶ。
「ダメだよ。今度はこの遺跡の力でも抑えきれるかわからない。だから、僕が宇宙まで持っていく。二人のことはきちんと地上に下ろすから」
「おい、待てこら」
圭介の言葉を背中に受けながら、〈カミノネゴウ〉はどういう理屈か、掌中の〈センチポッド〉の脱出装置に転送した。そして、〈上野根王〉は丁寧にそれを地面に配置すると、がっしと赤く染まった〈センチポッド〉を抱きかかえ、背部から火炎を猛然と吹き出し空へと打ち上がった。
「ゴウ!」
脱出装置から急いで這い出た少年の、虚しい叫びだけがこだまする。
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