第7話 前略、船内にて

 怒号! イガカ星人マネルニットは操縦桿を握りしめながら絶叫した。


「カケルニット! 早く反重力ユニットをなんとかしろ!」


 三脚式円盤型小型船〈ヌーズ〉。その機関室が突如として爆発した。船長マネルニットは〈ヌーズ〉の操縦桿を必死で振り、三本足を必死で制御する。


「だって爆発で煙がひどくて暑くて作業ガ」


「口答えはいい!」


〈ヌーズ〉のモニターが乱れる。おそらくあの人間がもっている対CM装置が原因だ。高出力の電磁波により、重力波を乱す特殊装置だ。


「また押しやがったな!」


 マネルニットはイラツキを隠せない。反重力ユニットさえ無事であればあんな人間一捻りだが、不安定どころかオフにもできず、勝手に起動と停止を繰り返されてはまともに動けさえしない。


 それもこれも機関室上の格納庫スペースに置いておいた爆弾が原因だった。元はといえば惑星に降下し都市制圧を目的としたこの宇宙船。三世代目ゆえ古いとはいえ武装がたくさんあった、それを全部取り払って格納庫と指向性反重力照射装置、すなわち惑星地上資源を触れずに倉庫へ収めるための機材を搭載した、密輸仕様に改造済み。メカニックとして雇った、少々頭が心配な部下カケルニットにやらせてみたらどうだろう、なかなかいい具合に仕上がった、と思っていた。それがどうだろう、よりにもよって機関室上のスペースに対物榴弾が残っており、古くなったためか、電磁波で誤作動、見事に反重力ユニットを吹き飛ばした。


〈ヌーズ〉はふらふらごんごんと身を揺らしながら牧場の泥芝を跳ね上げ歩く。好きでやっているわけではない。できることならとっととあの人間を踏みつぶして業務に戻りたい。そして反重力ユニットを修理して母星に帰るのだ。


「くそ、なんでこんな目に」


 そもそも、ステルス装備まで貼り付けたのに何故バレたのか。そこで思い当たるフシがあった。ステルス装備もカケルニットの仕事だった。改装ミス。殺すしかない、全て終わったら適当な外宇宙へ戦死扱いで放置してやる。否、地球においていってもいいな。


 そのとき、視界の隅を何かが動いた。もう一人の乗組員、タセルニットが立ち上がった。


「おい、お前まで何をする気だ。周辺の警戒を」


 がちゃ。タセルニットの手には銃があった。彼の身長ほどある長い銃が。さすがに青ざめるマネルニット。


「待て、落ち着け、要件を聞く」


「こいつで」


 こんこん。


「あいつを殺す」


 伸ばした指の先には逃げる人間。


「ハッチを開けるのか?」


「我々の耐菌レベルならこの星の衛生環境程度問題ない」


 彼はどこかぼそぼそ喋るが、それでも戦闘員としてはかなり優秀だ。そもそもそういう部族に属していたことも大きいが、イガカ星人の高い耐菌力を盾に、あらゆる惑星に降下し任務を遂行してきたらしい。


「わかった、任せる」


 タセルニットが操縦室から出て行って数秒、ハッチの開放を知らせるアラームとともに閃光が飛び、人間を吹き飛ばした、が、当たらない。おそらく機体が揺れに揺れているからだ。こうなれば、止めるしかない。ブレーキを踏み込んで機体を停止させる。はずだった。


「反重力ユニットの出力戻っタ!」


 途端、ふわりと浮く三脚式円盤。慌てて足で地面をつかもうとするが後の祭り、再び放たれた閃光は逸れる。


「いつ修理していいって言った! 確認をとれ馬鹿者が!」


「え?」


 カケルニットの言葉を無視、反重力ユニットが修理されているのを確認し、


「もう一度停止射撃の時間を作る」


 タセルニットに指示を出す。さっきは急に回復したおかげで失敗したが、反重力ユニットを制御し、三脚で地面を踏みつけて機体を安定させればタセルニットほどの腕前があれば問題ない。幸い標的は気を失っているようだった。機体をかがめて地面に転がる標的を狙いやすいよう静かに駆動させる。頼んだぞ。


「船長、急発進」


「なんだって?」


 しかし、マネルニットの耳に入ったタセルニットの通信は射撃とは関係がなかった。次いで〈ヌーズ〉を衝撃が襲う。


「船長熱イ! またユニットガ」


「うるさい!」


 どうなっているんだ。あの人間は武器を持っていないどころか気絶しているのに。そのとき始めてレーダーに目を移し、始めて〈異常〉を感知した。それを映像で確認すると、見たこともないよくわからないものがこちらをすさまじい形相で睨みつけているのが目に入った。


 赤茶けた人型をした大きな機械だった。その上に地球人が乗っている。


「なんだあれ」


 思わずつぶやいてしまう。


「地球人の兵器のようです。見たことはありませんが」


「地球人に、あんなものが?」


 人型兵器はその腕をおおきく振りかぶって突き出し、四倍以上はある〈ヌーズ〉を吹き飛ばした。わけがわからない。あんなものの情報は得ていない。


「タセルニット、撃ち落とせ!」


「無理です。相手の機動が上です」


 殴られてがん、がん、と〈ヌーズ〉が揺れる。操縦席まで伝わるそれは、まるで〈ヌーズ〉が怯えているようだった。なんとか振り払っても、相手が逃してくれる様子はない。


「船長、離脱を……」


「わかっている!」


〈ヌーズ〉のアームの伸縮は最大三倍。それを利用したパンチを相手に向ける。すると人型兵器は天に向かって拳を結び、えいやと振り下ろしてアームを地面にたたき落とした。否、アームは地面に深く食い込ませた。その隙にアームを踏んで駆けくる人型。


「落ちろ、クソっ」


 うねるアーム、しかし、逆にその反発を利用し、人型は大きく跳躍した。


「バカめ! それでは躱せまい! 撃ち落とせ!」


 放たれる閃光。だが、その前に人型兵器の後部が輝き、その機体をさらに打ち上げた。


「ブースターが付いている!」


 タセルニットの攻撃を交わした人型兵器はブースターを全開にし、〈ヌーズ〉の装甲へ膝蹴りを叩き込んだ。その轟音たるや〈ヌーズ〉の悲鳴に違いない。やがて人型兵器は〈ヌーズ〉の縁を掴むとおもいっきり放り投げた。地面を転がり二転三転。衝撃に一瞬意識が飛び、気付いた時には、


「地球人に、バカな!」


 ごっきんと音を立てて装甲板がひしゃげ割れる。人型兵器が大気圏突入を可能としている耐熱装甲板を容赦なく粉砕し、さらにそこへ指を突っ込み引き裂こうとしているではないか。だが、さすがに接近しすぎていた。足兼アームの三脚の内一本を振るい、人型を吹き飛ばす。


「船長、直っタ!」


 逃げましょう、操縦室に戻っていたタセルニットはそういって反重力ユニットを最大出力に変更した。小さくなっていく人型兵器を眼下に、落ち着いてステルスモードを起動、光学迷彩で持って地球人の目を撹乱し、そのまま夕闇に消えることにする。

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