第6話 衝突で

 ――円盤型の本体と三本のアームからして、アダムスキー+トライポッド複合型、宇宙基準で言う、三世代型大気圏外惑星急襲用の小型船。


 でも、最新型は七世代目だからかなり旧式。レイチェル・ミズシンは上空に浮かぶそれを睨みつけながら考察した。それは確かに円盤型をしていた。そして目の錯覚でもなく宙に浮いていて、三本の象の鼻のようにしっかりとしたアームを持っていた。ただ、体が浮いているおかげで、その様態はクラゲやイカを思わせる。


「そして、キャトルミューティレーションデバイスを持っている!」


 レイチェルは、半ば自分に言い聞かせるように独り言つ。


 その三脚式円盤が本気で動けば、五十メートルも離れていない少女を捕まえることはたやすい。三脚式円盤底の発光体が明滅し、ひときわ明るく輝き始めた、その瞬間少女は手元のスイッチを押した。するとその明かりは再び沈黙し、ふらふらと牧場へ足を、否、巨大なアームをついた。


「対CM装置で飛べなくなるなんてとんだ旧式ね。だけど助かった」


 地についた三脚式円盤は、のっしのっしとあるき少女を狙う。おそらくあの三脚式円盤は、元は急襲用とはいえ密輸に改造したものだ。本来持っている兵装の代わりに輸送用の倉庫施設やステルス装備を徹底しているはず。ならば、


「ならば……」


 そして、そこで少女は手詰まりだった。対CM装置、彼女のキャリーケースの半分を使って持ってきたそれは、設置された場所から強力な電磁パルスを放射、それでもって半重力場を乱すものであったが、それ以上のものではない。空飛ぶ車はおろか、手のひらサイズの銀ピカの銃すら彼女は持っていなかった。よく飛び出したものだと少女は自省する。


 小野寺さん宅、留学生としてやってきたホストファミリーの家で、彼女はその異変を感知した。微細な電磁波の乱れだったが、こんななにもないところ、原因は一つとトイレにいくふりをして異常電磁波源へ走ったのだ。そこで見つけたのが、着陸したての三脚式円盤だった。後のことは正直覚えていない。彼女は宇宙人が嫌いだった、それだけだ。


 薄闇の中、少女は走った。その後ろをずどんずどんと三脚式円盤が歩いてくる。大丈夫、追いつかれなければ大丈夫。そう思って彼女がふと振り返ったその時だった。


 三脚式円盤からまばゆい閃光が飛び、少女のすぐ側の地面をえぐった、だけでは済まない、その威力たるやいとも簡単に彼女の体を宙へ、そして地面に叩きつけた。肺から息が漏れる。遅れて轟音が鼓膜を劈いた。霞む視界で三脚式円盤を見ると、その上部のハッチを開けて砲塔が見える。おそらく手持ち武器なのだろうが、それでももちろん、か弱い少女一人を殺すにはお釣りが帰ってくるほどの威力を持っているのだろう。もし、あれが直撃していたのなら、三途の川の渡り賃には苦労しない。


 くっ、と苦しげな声を上げてレイチェル・ミズシンは立ち上がる。死んでたまるかと足に力を入れて走る。知らないうちに対CM装置のスイッチを押していた。そういえばこの装置、性質上周辺に強力な電磁波をまき散らす。もしかしたらかなり広い範囲で電波障害が起きているかもしれないな、と危機にもかかわらず少女は冷静に考えていた。場違いすぎる冷静さ。それはきっと走馬灯のようなもので、あれれ、景色の流れがゆっくりに。


 再び光が飛び、再び少女は打ち付けられた。今度はそれだけでは済まなかった。激しい激痛が全身を支配し、痺れる。手に力がもはいらない。視界が光に飲まれ、殆ど何も見えなかった。音もない。何も感じなくなった世界で、帰りたい、少女はそんなことを考えていた。あの人が好きだったこの国では死にたくない、せめてもう一度アメリカに。そして、ゆっくりと戻っていく視界に、彼女はまさに目を疑った。天国とはすなわち牧場だった。敵の目標は家畜、すなわち牛。三脚式円盤が着陸した地点も牧場付近で、すべて事前情報通りだった。誰もいない、何も聞こえない牧場。それにしても、天国にもこんな日本の片田舎の牧場があるのかと少女は実に混乱し、


「生きてる?」


 と思わずつぶやいた。しかし、三脚式円盤が見当たらない。ほんの数秒でもあれば自分は殺されていてしかるべき。誰かが邪魔をしなければ。つまり、


「起きろ!」


 続いて回復した聴覚に、爆発音より激しい咆哮が入り耳をふさいだ。はっとして声の主を見ると、三脚式円盤と取っ組み合う巨人、否、巨大ロボットと、それに乗る少年がいた。


〈上野根號〉


 わずかな夕日に照らされて、その文字がロボットに浮かび上がる。この地、上根市の、蝦夷地扱いの時の名を背負った巨人が、今、その三脚の内一本をがっしとつかみ、えいと放り投げた。そして地面を派手に抉り転がる円盤に飛びかかると、その拳を何度も打ち付ける。ばん、と一際大きな音を立て、その表面を叩き割った。


「すごい」


 レイチェルは思わず声に出した。大気圏の突入が可能な装甲板、仮にも急襲用のそれを叩き割ったのだ。それでもなお、三脚式円盤はその足でもって〈上野根號〉を振り払った。〈上野根號〉のパイロットはバイクよろしくむき出しだ。彼をかばうように〈上野根號〉は着地した。それを尻目に、ふらふらと三脚式円盤は立ち上がる。


「逃げる気か!」


 パイロットの少年の言葉にレイチェルは慌てて掌中を見たが、その中に対CM装置のスイッチはなかった。すでに円盤はその底部の発光体を明滅させ、飛ぶ準備をしている。


「待て!」


 と少女も叫ぶが道具はない。〈上野根號〉も駆け出すが相手のほうが早かった。すうぅと円盤はついに空へと飛び去った。それを〈上野根號〉と少年はぽかんと見あげるしかない。そんな様子をぼうっと見ていたが、突然少女は全身に激痛と疲れを感じ倒れ込む。


「大丈夫か?」


 それに気付いた少年の声は遠い。なんだか鈴の音のようなものも聞こえたが、もしかすると声かもしれない。視界の隅には昼、彼女を迎えに来た軽自動車も見えた気がする。だが、今、少女はひとまず、気を遠のかせ、そして断つしかなかった。おおよそ、今後の任務の困難さに、逃げたくなったというのが正解だろう。

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