第5話 鋼鉄と

〈カミノネゴウ〉、通称ゴウちゃんは全長六メートル、まるで鬼のように小角を生やしたロボットで、そんな彼が、見つけづらいかといえば当然嘘になる。どういう機構かわからないが金属質の装甲板の下にはまたしても金属のシャフトのようなものが骨、あるいは筋肉のように絡み合っていて、それが一歩踏み出せばぎいと軋み、足音はぼん、と風にあおられたトタン板のよう。指を動かせばがしゃがしゃと賑やかで、止まり座るにしてもずんどん、と騒がしい。風が吹けばサビのような泥のような硫黄の様な匂いも撒き散らす。加えて自意識を持っているらしいそれは、話しかけると木鈴の様な質の声で喋り出す。図体はでかいが人の言うことは一通り聞き入れてしまう、どうやら人を傷つけられない様子で、南方圭介の父、滅多に家に帰らぬ南方圭太郎いわく、ロボット三原則のようなものでも働いているのでは、とのこと。


 そうなのか?


 落ちかけた夕日の向こう、異形のシルエットが浮かび上がった。


「ゴウ!」


 ぼん、ぼん、ぼんとロボットは少年の元へ走り来る。流石にあの巨体が歩けば揺れが起きる。自転車はまともに走れないので圭介は自転車を捨て走った。


「よかった。無事だったんだね」


「それはこっちの台詞だ。なんだか知らないが電気とかスマホがダメになってるらしい。大丈夫か」


「僕は大丈夫。そんなことより」


「じゃあ帰るぞ。おばさんたちのことも心配だ」


 自転車をターンさせた背中にロボットは声をかける。


「待って!」


「浅田くんが大変みたいなんだ」


 心なしか巨人の声のトーンが落ちている。今までにない調子に圭介は静かに震えた。


「なんだ、牛が暴れてるのか。好きにさせとけ。それくらいできなくて何が酪農家だ」


 吐き捨てるように圭介はいった。その、と言いかけたロボットに被せて圭介は続けた。


「お前がどういう理屈で動いてるのかは知らない。だけど人の言うこと全部聞くことはないだろう。浅田の言うことなんていちいちきくな」


「でも!」


「なんだ」圭介は振り返らず言う。


「留学生の子もいる」


「会ったのか?」


 圭介はロボットを見た。意匠の凝った頭部、そのぽかんと開いた瞳の穴の奥にめらめらと光る物が見える。


「まあ、誰かがいるならいいだろ。おばさんには伝えておく」圭介は置いてきた自転車へ戻り始めた。


「違うんだ」


 少年をロボットは止めた。


「僕は、圭介を連れてくるって約束したんだ」


「知らねえよ。お前はそうやってなんでも人の言うこと聞いてさ。もういいだろ。嫌なことは断っていいんだ。なんで近所の農家の人だけじゃなくってわざわざ浅田まで助けてんだお前は。あいつはろくな奴でもないぞ」


「確かに浅田くんは乱暴だけどさ、でも」


「お前は最近わけわかんねえよ!」


 圭介の怒声に、ぎぎっ、とロボットがきしんだ。


「わかんなくてもいいよ。でも、約束したから。なんとか三原則とかお人好しとか、理由はどうあれ、約束は守らなきゃ。だから圭介」巨人は手を伸ばした。


 圭介は振り返らない。前方に小さな光が揺れていた。ロボットの瞳ではない。小さな自転車のライトだった。乗っている主は手を振っている。はあ、と圭介は深くため息をついた。少し、昼間のことを思い出したからだ。


「走りてぇ気分だな」


「え?」


 木鈴が鳴った。


「思いっきり、走りてえ気分だ、めんどくせえ」


「圭介」


 何やらやけくそ気味な声にみしみしと不安げにロボットが震える。


「どうせお前一人じゃどうにもならないんだろ、しょうがねえ」


 再びため息一つ。


「おれもそういえばおばさんに、留学生探すって話してたしな。走るぞ。浅田が絡んでるのは気に喰わないけどな!」


 ばっと振り返ると、ロボットの口がパッカと開いた。その体躯が左右に大きく開き逆三角形を形成する。ちょうど胸のあたりにロボットの頭が回り出、頭のあった辺りには巨大な投光機とハンドルの付いたバイクのシートのようなものがせり出てきた。


――〈上野根號〉

 

投光機横にその字が並ぶ。


「圭介」

 上半身を大きく変形させたロボット、否、〈上野根號〉は屈みこんで手のひらを差し出した。そこに足をかけて南方圭介は〈上野根號〉のシートに腰掛け、ハンドルを握り、ペダルを踏み込んだ。


「走れ、ゴウ!」

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