第32話 蒸気

「ところでだが、なんでこんな辺鄙な場所に宇宙人なんか来てるんだ?」


「お前はなんで服を着ねえんだよ」


 温泉を飛び出した南方圭太郎圭介父子を待っていたのは一台の車。運転手はすでに居り、二人は後部座席に滑り込んだ。その途端、車は勢い良く発進した。車の中には、警察の無線であろうか、それがずっとラジオ代わりに流れていた。


「まあ、おおよそ理由はわかる。おそらく、ゴウに使われているエネルギーに着目したのだろう。なるほど、宇宙人に目をつけられる研究に携わることができるとは、少しは誇ってもいいかもな」


「おれにはなにもわからねえよ」


 上裸の父親に高校生の息子は頭を抱えた。あえて言うなら、ティーシャツジーパンの圭介に圭太郎が合わせた、というところだろう。インナーにワイシャツにベスト、一々着ていては追いつけない。下を履いていることと中折れ帽子に感謝すべきだろう。


「先生、あれが例の飛行物体です」


 圭太郎に続き圭介も窓の外を見た。


それは、確かによく見れば今まで散々戦ってきた三脚式円盤だったが、もうそう呼べる形はしていなかった。三本の足はなくなり、代わりに一本の長い足となっていた。そもそも彼らの三脚式円盤〈ヌーズ〉は耐菌性を考慮し、その場の環境に応じて半自律的にその形態を変える生体組織を多分に含んでいる。もはや一脚式円盤と化した〈ヌーズ〉は、カケルニットによって遺伝子操作と分裂分化の促進剤を大量投与され、いびつに変形し鈍く輝く反重力ユニットを携え宙にいた。


「なるほど。始めてUFOを見たが、まるで風鈴のようだな」


「前に見た時は足が三本あったけどな」


 ほう、彼らも古典SFは読むのか、と圭太郎は感心した。


「しかし、なぜ彼らは動かない?」


「待ってるんだよ。おれたちを」


「宇宙人がやってきて、あの金髪のお嬢さんが戦ったりお前たちが戦ったり忙しかった、とは聞いているがまさかそんなライバル関係にまで発展するほど仲良くなっているとはな」


「仲よかねえよ」


 車が円盤に近づけば近づくほど、自分たちが逆走していることがわかる。一方で、野次馬もまた散見されるのが不思議だった。


「インデペンデンス・デイを見てないのか」


「まあ、あのサイズじゃな」


 あの映画じゃ無茶苦茶デカイじゃねえか、宇宙船。警察と思しき人が野次馬を抑えこんでいる脇を車は強行突破していく。


「なあ、もしかして」


 圭介は場らの父親を見た。


「その通りだ。あの警官は本物ではない。我々の組織の工作員だ。現在一帯の人々の避難誘導を警察に混ざって行っている最中だ。我々を中心地へ連れて行くためにな」


 父親の所属する組織が一気に怪しげに感じる。


「我々はただの、学術集団だ。政治の枠外にいることが我々の決まりだ。歴史の力は本来、国を創ることも傾けることも容易に行うことができる、偉大な力だ。だからこそ、制御しなくてはならない。悪用を避けるためにも、公の力を借りてあの研究所を守ることはできない。力を貸してくれ、圭介」


 圭太郎は圭介をまっすぐ見据えていった。


「今更だ」


 そのとき、圭介は確かに視線を感じた。悠々と風鈴のように揺れる円盤に力が入り、緊張するのがわかる。


「来る」


「とばせ!」


 圭太郎が命令すると、運転手はアクセルを一気に踏み込み急加速。無線を元に、避難が完了しているであろう地区へ走りだす。それをじっと目で応用に円盤が回り出す。相手もわかっているのだ、南方圭介のあるところ、自分たちの悪行が成功するということがないことを。しばらくじっと様子をうかがっていた円盤だったが、それは急に浮き上がると、真っ直ぐ車へ飛んできた。


 車は弾かれたように路地を曲がり、商店街を突き抜け、閑散とした町並みと田畑を置き去りしていく。その後ろを猛烈な勢いで円盤が襲い来る。円盤はついにその一脚を回転させて丸鋸のように振る舞わせると、一気に高度を下げて来た。触れた建物、かすめたアスファルトが一瞬で砕け散る。シュレッダーにはさまれる紙の心境とはこんなものなのかと圭介は思った。どんどん迫る円盤の丸鋸。後ろを振り返り、迫り来るそれを見ることしかできない。と、その時、まばゆい光が円盤を牽制した。ハッとしてそちらを見ると、建物の上に金髪の少女がいた。その手には、彼が空き地においてきたはずの、宇宙人たちの銃が握られていた。


「親父、ゴウはいまどうなってる?」


 円盤は予想外の攻撃に困惑している様子。その隙に一気に車は円盤を引き剥がした。


「ゴウへの賦活水充填はもうまもなく終わるはずだ。それまでに戦闘地区へあの円盤を誘導する。そこでゴウとも合流だ」


「ところで、あの攻撃はどこから来ているんだ?」


 圭太郎は訊ねた。


「留学生だよ。どうも宇宙人が嫌いらしい」


「そうか。やっとお前にも、協力してくれる友達ができたんだな」


「うるせえよ」


 だが、レイチェルの援護にも限界がある。丸鋸攻撃では埒が明かないと判断した円盤は天高く飛び、そしてあっという間に車を抜き去ると目の前に着陸した。その足先、六指を握り拳に変え、車を付け狙うかのように振り下ろした。もちろん運転手はそれを先読みし間一髪でかわすが、その振動と急カーブは後ろに乗っている二人が肝を冷やすのに十分だった。


「安心しろ圭介。これでも運転手の彼は優秀だ」


 タイヤが悲鳴を上げ道路にブレーキ痕を刻んでいく。まるで車の血痕であった。その後を円盤が怒りを込めた拳で殴り割る。痕の残った破片が次々に車のバックガラスを叩いた。


「下ろしてくれ。あいつの狙いはおれだ」


「だったなおさらだ。今飛び出せば死ぬぞ」


 そのとき、円盤はその腕をぐんと伸ばし、車ではなく建物を襲った。その瓦礫片を掌中に収めると、ごりごりと弄んだ上、ぶんと投擲した。車はもちろんそれをかわすが、目的はそうではなかった。はじけ飛んだ瓦礫片は建物を打ち砕き飛散、車のすべての行く手を阻んだ。


「下りろ!」


 圭介は叫んだ。行き先を見失い逡巡した車は次の瞬間叩き潰された。ぎりぎり飛び出した人間三人は地面を無様にゴロゴロと転がった。爆炎が伝播し、辺りに燃え移った。円盤は三人を見、その中に圭介を認めると勢い良く拳を振るった。それを圭介は飛び込んで躱し、さらに瓦礫の山をよじ登った。三脚の時よりも攻撃のペースは遅い。その隙を突いて行動できる。一脚が瓦礫の山を殴れば飛び散った破片が一瞬圭介を隠す。その隙に距離を開ける。だが、追ってくる気配がない。振り返ると円盤は、その拳の中に細かい破片を握り、そして圭介へ投げつけた。今度こそ回避不能であった。おそらく、外れた破片は破片で辺り一帯に降り注ぎ、建物を崩し、圭介を襲うであろう。宇宙人共にしては頭を使いやがってと、圭介は胸の中で毒づいた。それでも、彼は自分が死ぬとは微塵も思わなかった。なぜならば。


 ――光。


 青いビームが全ての破片を消し飛ばし、挙句円盤を牽制した。


「おせえぞ」


 圭介の言葉に、〈カミノネゴウ〉は、え、と困惑の声を上げたが、直ぐに頭をふった。


「ごめん」


 だが、そこに落ち込みはない。ぼん、と足音を立て、〈カミノネゴウ〉は圭介の隣に立った。


「ゴウ、お前、今、何がしたい」


 圭介は訊ねた。


「僕は円盤と戦うよ。決めたんだ」


 理由なんてない。圭介はやれやれとため息を付いた。


「なら、協力してやるしかないな」


 圭介の言葉に〈カミノネゴウ〉は思わず笑った。


「僕一人じゃすぐやられちゃうと思う。だから、一緒に戦って」


「ああ。もちろんだ」


〈カミノネゴウ〉は〈上野根號〉へと変形する。圭介がそのシートに腰掛けると、〈上野根號〉の全身からふーっと湯気が立ち上る。


「行くぞ、ゴウ!」


 ブースターを点火。その勢いたるや以前の比ではない。円盤は不動。まるで迎え撃つかのようだった。そして、それはその通りだった。円盤に三つの半球が浮き出ると、そこから青い閃光が飛び出したのだ。


「え?」


〈上野根號〉が驚きの声を上げ、圭介はハンドルとペダルで空中を強引に移動、その閃光から逃れた。


「まさか」


『この星の水の力、我々が利用できないとでも思ったか!』


 今度は湯気が円盤から吹き出る。それが鞭のようにしなり、〈上野根號〉を狙った。回避行動をとった〈上野根號〉が自分の居た場所をはっと振り返れば、アスファルトも建物も木っ端微塵になって吹き飛んだ。


「めんどくせえ事になった」


 圭介はつぶやく。


「でも、やらなきゃ」


 ああ、と圭介は応じ、〈上野根號〉を走らせる。円盤とは逆方向に。辺りはすでに瓦礫の山だが、これ以上増やすわけにも行かない。〈上野根號〉が倒れこむように到達した場所は、鉱山とし採掘されつくし、荒れ地となった場所だった。ただ広大で、人気はない。


 そこで、〈上野根號〉は大きく跳躍し、円盤へ躍りかかった。それに対し円盤はビームで応じる。瞬間、〈上野根號〉は自身も湯気を展開し、ビームを四方へ弾き飛ばした。


「できた!」


 そのまま円盤に組み付いた〈上野根號〉は、その指を円盤にくいこませて安定させると、空いた手に蒸気をため、えいと打ち付けた。ばぎんと音を立てて円盤にヒビが入る。と、円盤が獣のように荒れ狂い、巨人と一人をふるい落としにかかる。それでもなお、しがみ付く彼らに、円盤は全身を震わせた後、一気に蒸気を吹き出した。流石にそれにはかなわないと〈上野根號〉はブースターを吹かせ天に昇る。


 狂い猛る円盤は、蒸気を全身にまとい回転し、宙を跳ぶ〈上野根號〉を追った。


「撃て!」

 迎撃、〈上野根號〉の頭部から放たれたビームだがしかし、先ほど彼らが見せたように、その蒸気はまとえばビームを弾けるらしい。元々空中は得意でない〈上野根號〉、落ちるように円盤から逃げ、転がるように着地した。


「大丈夫か」


「大丈夫。戦えるよ」


〈上野根號〉は跳躍する。瞬間、同じく墜落したかに見える速度で円盤は地へ戻り、地面を抉り回して停止した。大出力のビームならば、あの蒸気を強引に剥がせ得るのか。あのビームはビーム同士ならどうなるのか。蒸気同士なら。


 圭介の頭を複数の戦略が駆け巡る。〈上野根號〉は圭介の操縦に全てを任せ、襲い来るビームから時に逃げ、時に蒸気で防いでもって接近し、近距離戦を臨む。それを蒸気が阻んだ。ぼん、ぼん、ぼん。そのために後退した〈上野根號〉へ足が振るわれる。それを受け流し、〈上野根號〉は二射目を放つが、やはり蒸気に阻まれる。チッ。圭介は舌打ちした。お返しと言わんばかりんい円盤がビームを放つ。慌てて蒸気を展開するが、相殺しきれなかった分が振動となって機体を襲う。やはり、物量さえあれば押しのけられるな、と圭介は冷静に考えていた。


「圭介!」


 そのときだった。自らの蒸気で視界が埋まっていた。その蒸気を突っ切って円盤の一脚が振り下ろされていた。近い、躱せない! それでもなお圭介は必死でペダルを踏み抜いて回避行動をとるが、どう考えても半身は残る。


「あんたみたいのがいるから!」

 少女の絶叫が光となって銃口から飛び、円盤を撃った。完全に無防備だった円盤はその衝撃に揺れ、さらに憤りをもって少女レイチェル・ミズシンの前に現れた。


『そういえば、一番最初に邪魔をしてくれたのはお前だったな』


 反重力ユニットによる飛行、その瞬間速度は人間からすれば瞬間移動に近かった。その勢いのまま一脚が振るわれる。人間なら一撃で消し飛び、当然お釣りが来るほどの威力。三途の川の渡賃には苦労しないだろう、やはり。そこへ滑り込んだのはもちろん〈上野根號〉。がっしとその一脚を押さえつける。


「逃げて、レイチェルさん」


 そういう〈上野根號〉へ、一脚から一本のワイヤーが伸び、それが〈上野根號〉を掠める。寸前に南方圭介が機体を屈ませていたからだ。


「圭介!」


 レイチェルの声がする。〈上野根號〉は押さえつけた一脚を大きく中に放り上げた。


『いいか、ゴウ』


蒸気はビームを散らすが、物体は散らせない。傾いた円盤は自身がまとっていた蒸気を全てはねのけた。


『今だ。あいつの腹が丸見えだ。全力でぶちぬいてやれ』


「うん。わかった!」


〈上野根號〉は応えると、全身から蒸気を噴き出した。体が熱くなるのがわかる。一際、その熱が頭に集中し、炎上する。


『撃て!』


 圭介の声に合わせ、〈上野根號〉は閃光を放った。その閃光は見事に円盤を貫いた。今度こそ大層な爆発をもって散り散りになり、空中は爆炎に包まれる。


「やった! やったよ圭介!」


「圭介!」


 レイチェルは絶叫した。


「どうしたのレイチェルさん」


〈上野根號〉が振り返ると、ずるり、と何かが背中から滑り落ちた。どしゃ、と音がする。


「え?」


〈上野根號〉は慌てて音の正体を見ようとしたが、それをレイチェルが止めた。止まって! 少女の絶叫は尤もだった。もしもそこで〈上野根號〉が足踏みでもしようものなら。


「圭介!」


 少女は叫ぶ。〈上野根號〉の全身が震えだした。振り向きたくない振り向きたくない振り向いたら。


 だが、〈上野根號〉の体がゆっくりと元に戻る。〈カミノネゴウ〉になった彼は、そこで自身のシートを見てしまった。ベッタリと赤が付いている。それが血であることは〈カミノネゴウ〉にも当然すぐに合点がいった。いって、しまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る