第31話 父と子

「なんで温泉に浸からなくちゃならねえんだ」


 キレ気味、否、南方圭介は完全にキレていた。なんで〈カミノネゴウ〉が動かない重要なときに温泉になんか浸かってないといけないのか。


露天風呂、隣は女湯、南方圭介と南方圭太郎、二人もまた温泉に浸かっていた。


「それは、わたし達にはどうしようもないからだ。お前だって、それが本当はわかっているのだろう」


 圭介は黙りこんだ。その通りだった。


「だったら、説明しろ。知っていることを全部話す、そういっていただろう」


 圭介や、ひすいたちを〈カミノネゴウ〉から一時引き離すために圭太郎が持ちだした条件、それは、〈カミノネゴウ〉の秘密を教える、ということだった。


「圭介。水ってのは不思議だと思わないか」


 露天風呂の中に手を突っ込み、その水をすくってザバーっと流す。


「川、海、雲、と流れながらずっとその土地を巡回しているんだ。もしも水が生き物なら、水というものはその土地の歴史、その全てを記録している、そうは思わないか」


「水は生き物じゃねえ。冷静に考えればわかるだろ」


 圭介は苛ついて答えた。


「もしも、の話だ。なら、こういう考え方はどうだろう。水の循環を巨大な円運動と考えると、それは実は水とは存在しているだけで莫大なエネルギーを生む鍵になっているのではないかと」


「水の循環でタービンでも回せたらできるんじゃないか。まあ無理だろうけどな」


「そう否定的になるな。しかし過去に、その水の力について研究していた人物がいるんだ」


 聞く耳を持つ気はあまりなかった圭介だが、ふと水筒の水を浴びて動き出した〈上野根號〉を思い出して圭太郎を見る。


「神外丁一、大正から昭和にかけてこの辺りの鉱山開発に携わっていた人物だ」


「鉱山開発?」


 圭介は聞き返した。


「そうだ。知らないか、駅前にあるオブジェのあの車輪は、このあたりの開発に関わるものだ。昔は盛んだったその鉱山の開発中、温泉が湧き出す事故があった。だが、それと同時にとあるとんでもないものが出ていたんだ」


「なんだよ」


 ふふっ、と圭太郎は笑い、


「超古代文明の遺跡だ」


「はあ?」


 圭介は唐突な発言に困惑した。


「周辺の炭化物から、紀元前、おそらく一万年以上は下らないほど昔の遺跡だ。それが出たんだ」


「それがどうしたってんだ」


「遺跡には複雑な用水路が造られていた。だが、それは居住するための場所ではないことは明らかだった。おそらく、水を流すための遺跡だったんだ」


「なんのために」


「わからない。遺跡の真意を理解したのはその神外博士だけだ。神外博士は遺跡を研究し、水、否、温泉を調べあげ、この二つに超古代文明の秘密を見出したんだと思う。そして、それを封印するために失踪した」


「なんだよ、わからずじまいかよ」


 圭介は呆れたように言った。


「話は最後まで聞け。だが、神外博士の足跡を追い、遺跡の真意を探ろうとした研究家がいた。その結果、その偉大なる考古学者は、実の息子に加え、大きな二人目の息子を授かることになる」


「まさか」


 圭介の驚いた顔、それに満足したかのように圭太郎はニンマリと笑みを浮かべた。


「それが、〈カミノネゴウ〉、ゴウのことだよ」


「じゃあ、あの時の水は」


「水じゃない。温泉だ」


 それを効くが早いか圭介は風呂から上がり、手桶を片手に出ていこうとした。


「待て。その程度の量じゃ到底足りない。安心しろ。ゴウは信頼できる研究機関、わたしの所属する機関に預けている。今、温泉の成分を凝縮した高濃度超賦活水をゴウに注入しているところだ」


「大丈夫なのか」


「大丈夫だ。必ず」


 圭太郎は断言した。


「ちなみに、遺跡の方だが、まるでゴウの力に呼応するかのように『急浮上』した。今も目下研究中だ」


「なんだよそれ」


 よくわからない圭太郎の言葉に圭介は当然首を傾げたが、圭太郎の様子から深くは質問しなかった。


「それより、戻りなさい。まだ話は終わっていない」


 圭太郎に言われるまま、圭介は湯船に戻った。


「水には、特定の物質を混ぜることでその力を解き放つことができることが確認されている。例えば、エナジードリンクに炭酸が入っているのはそのせいだ。あれは、中に入っている栄養もさることながら、おそらく水の力がキーになっている。もっと人の根本、生命としての人間を賦活させることができるためだ」


「まさか」


「また、太平洋戦争中、軍ではラムネが流行っていたな。戦艦の中でも好んで造られていた記録がある。それも、彼らが無意識のうちに炭酸水に含まれる賦活作用に気づき、欲していたからだ。まだあるぞ、ビールがあそこまで人気なのも、それが含まれているからだ」


「こじつけがすぎない、か」


 しかし、もはや否定もできない。動かなくなった〈上野根號〉が意識を取り戻したのは、他でもなく温泉の水をかぶった時。彼は黙って父親の超理論を飲み込むしかなかった。


「ところで圭介。なんでゴウが一気にエネルギーを失ったか、わかるか」


「あのビームじゃないのか」


〈上野根號〉から放たれたあの見たこともない閃光。


「そうだ。だが、では、なぜあんなものが出たと思う」


 圭介は黙りこんだ。わかるような気もするが、わからない、もしくは、


「認めたくないのだろう、ゴウがもう、お前を頼らなくてはならない時期を過ぎたことに」


「……」


「別に、ゴウは特別なことをして、エネルギーを使いきったわけではない。ただ、あいつはあいつなりに、ただ頑張って疲れただけだ。これは、父親としての願いだ。あいつのことを、もう一人前として認めてやってくれ。それが、お前とゴウにとっていいだろう」


「それは、わかってる」


 しかし圭介の声は晴れない。


「圭介、わたしがなんで、お前たち二人を家に残し、自分は考古学者として出て行ったのか、わかるか」


 圭太郎は言った。圭介は首をふる。どうせ、あんたが適当だからじゃないのか。


「違う。わたしはお前に任せたんだ。お前は、あのときまだ小学五年生だったが、それでも弟の為を思える一人前だと信じたから、お前たちを置いてわたしは研究生活に入ったのだ」


「どうせこじつけだろ」


「そう聞こえるならそれでもいい。だが、そのときわたしは、少し、寂しかったぞ」


「え?」


 父の突然の告白に圭介は頭が真っ白になった。


「お前は、身近にゴウという守らなくてはならないものがいたからな、それで少し、他の子よりも早くそういう、責任感みたいなものをもってしまったのだと思う。だが、それは遅かれ早かれ、普通誰しも持つものなんだ。たとえそれが、今まで誰かに守られていたものであっても」


「……」


「約束してくれ。わたしの息子たちはどうもお互いのために無理をする。おかげで弟の方なんかは体調を崩す始末だ。だから、兄のほうから何とかしてやってはくれないか。あいつを、ただ守るべき弟ではなく、頼れる弟だと、そう信じてくれるだけでいいんだ。もし、弟が願うことがあるのなら、叶えてやるんじゃない、協力してやってほしい」


 圭太郎はまっすぐに圭介を見つめる。睨み合うでもなく見つめ合っていた二人だが、圭介が、はあ、と溜息をついて視線を反らした。


「わかった、っていうか、知ってたよ、ひすいにも似たようなことを言われた」


「そうか、ならいいんだが……」


 圭太郎が肩の力を抜いた、その時だった。


「先生! 大変です!」


 顔を真っ青にした白衣の男が露天風呂へ現れた。


「どうした?」


 圭太郎が応じる。


「謎の円盤が、研究所を来襲、緊急事態です!」

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