第21話 学校

「いいなー。レイチェルちゃんの学校ね、あにさんと同じなの。いや、わたしも同じなんだけどね、ほら、学年が」


 そんな言葉を職員室前でされた。病院を退院し翌日。初めての日本の学校。いざ来てみると心細い。一つ学年がしたとはいえ、この小野寺ひすいがいるだけでどこか安心感はあった。普段はにこやかに明るく、ぐいぐい勝手に動くところが少々邪魔な気もする彼女だったが、それでも、である。


「別にいいじゃない、彼一人」


「そんなことないよ。それに、なんだかあにさん、最近いつにもまして忙しそうだし」


 ふと彼女の顔に影が差した。


「レイチェルさん、なにか知ってる?」


 そこでようやく、レイチェルはひすいがここまでついてきた理由を悟った。


「さあ。彼は彼、わたしはわたし、みたいだから」


 ひすいの顔が晴れることはなかった。なんだか申し訳ない気がしてレイチェルは言葉を継ぎ足そうとしたが、そこでレイチェルは職員室から名を呼ばれた。ひすいは、じゃあまたあとでね、と手を振って逃げるように廊下を行った。


そうして先生に連れられ、呼ばれて入った教室を見渡すレイチェル・ミズシン。見慣れた大柄の学生を探すが、見当たらない。


『小野寺さんとこにいるんでしょ、隣に南方圭介って住んでるんだけど、同じクラスだからね』


 担任の女教師はそう言っていたが、いない。代わりに空いた机が二つ見える。その内の一つが南方圭介のものなのだろう。静かにどよめいている教室が全然気にならない。


「レイチェル・ミズシンです」


「すげえ、金髪だ」


「染めてます」


 反射的に言葉が出てきて余計に湧く教室。事実なのだからしょうがない。隣を見ると教師の方も目を丸くしている。すみません、なんていう日本人臭い言葉を飲み込む。席につくと、なんのためらいもなくこちらを覗きこんでくる生徒がちらほら。うんざりする。


「ミズシンさんは少し事情があって入学が遅れましたが、今日からはこのクラスの生徒です」


 先生の言葉がざわめきに潰されそうだ。


「あの、教科書とか大丈夫?」


 そのうち一人、女生徒が声をかけてきた。まだ授業は始まっていないというのに。担任教師はそれでは次の授業に備えて、といっていなくなっていた。


「大丈夫です」


 レイチェルはすらっと鞄を開き、教科書を取り出す。


「あの、わたし、森木友里っていいます。なにか困ったことがあったら言ってね」


「あの席は?」


 レイチェルはもう一つの空いている席について訪ねてみた。


「あれは南方くんの席。結構サボるんだよね」


 やっぱり。


「でも、行事には絶対参加するし、テストの点数もすごくひどいわけじゃないし、南方くんがいない時って大抵、なにか頑張ってる時だからね」


 急に圭介を持ち上げ始める女生徒にレイチェルは動揺した。


「なんで」


 思わずそんな言葉が飛び出る。


「だって、まあ、それは」


 森木友里は授業始まるまでの間、ぺらぺらと喋り始めた。

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