第20話 かみのねごうと

「あのさ、レイチェルさん」


 帰り道、〈カミノネゴウ〉は尋ねた。


「なに?」


「なんであのUFOは牧場にやってくるの?」


 ぎっこんぎっこん。ロボットの関節は歪に鳴る。


「わたしにはよくわからないけど、地球産の牛肉、好んで食べる宇宙人がいるらしいの。特に、赤身肉が大事なんだって」


「へえ、赤身?」


〈カミノネゴウ〉は不思議そうに言った。


「世界でも日本人はやたらと丁寧に肉牛を育ててるでしょ? それで興味を持つ宇宙人がいて、でもそのほとんどは脂身に重点が置かれている。その点、この上根市のかづの牛は赤身に重点を置いていて貴重なんだって。それで、試しに食べてみたいって思った宇宙人がいるらしいの。だからあいつらが派遣されたんだって」


「へーえ。変わってるね」


「あなたがそれ言うの?」


 思わずレイチェルは食って掛かった。


「あ、ごめんなさい。僕のほうが変わってるかな」


「そう思う」


「でもね、僕自身はあんまりそう思ったことはないんだ」


〈カミノネゴウ〉は続ける。


「圭介はずっと僕のそばに居てくれるし、ひすいちゃんも昔っから僕と遊んでくれた。あとね、お父さん、圭介のお父さんなんだけど、僕のこと気にかけてくれてるんだよ。それに、地元のみんなも。人によっては僕のことロボット、だとかいうけど、うーん、なんだか難しいね」


「それは、あなたが自分と同じようなロボットを見たことがないからじゃない? だから、あなたは自分が何なのか、って考えたら一番身近な人間しか思い浮かばないの」


 うーん、と〈カミノネゴウ〉は唸り、


「そういうものかな?」


 と少し落ち込んで喋った。


「でもね、僕は、やっぱり、人とかロボットとか意識できないなあ」


「変ね」


 反射的にそう答えた。


「そうかな。僕は違うと思う」


〈カミノネゴウ〉は言った。


「少なくとも、僕は人間と同じ、だといいなあ。だってさ、圭介がそうだから」


「なんで?」


 人間と同じ、ならわかる。だが、圭介と一緒とはどういうことか。さっきなんてあんなに怒鳴ってたし、無愛想だし、損することばかりしてるじゃない。何も育てない畑の雑草をとって、今日なんかあんなに汗だくになって勝てもしない宇宙人に食って掛かって。


「それはレイチェルさんも同じじゃない。しかも気絶までしちゃって」


 それは、とレイチェルは言葉に詰まる。


「わたしはね、宇宙人が嫌いなの」


 あいつも宇宙人が大っ嫌いなら少しは同じかもしれないけど。


「わたしのパパも宇宙人を監視する仕事をしてたの。それで、ある密輸を未然に防いだの。でも、それで恨みを買って、いろいろあって、死んじゃった」


 キッチンに現れた不気味な姿。それに掴みかかる母。放たれる炎。レイチェルは自然と、手すり代わりの〈カミノネゴウ〉の指をきつく握っていた。


『あんたみたいのがいるから!』


「そのあと、どうしても宇宙人が許せなかったの。だから、お父さんの友達の、否、部下だった人に頼み込んで、お仕事を任せてもらえるように頼んだの」


 確かに彼女は学生だ。だが、ゆえに宇宙人たちの監視の目をくぐれる場面もある。今では彼女の上司になっている監視機構の構成員、ハーミス・タナーの判断だった。


「ごめんなさい」


 少し間を置いて〈カミノネゴウ〉は言った。


「なんで謝るの?」


「え、その、なんだか悪いこと聞いちゃった気がして」


「わたしが言ったんだからいいじゃない。それよりも、あなたってなんなの」


 レイチェルの語気が強まる。


「さっきも言ったけど、あなたみたいなロボットなんて地球どころか宇宙で探してもないかもしれないのに」


 その言葉に〈カミノネゴウ〉はどこか困惑したらしい。ぎこっと聞いたことのない音がする。


「それに、あの宇宙人を捕まえるには、わたしじゃ力不足だし。あなたのちからは必要なの」


「僕は、よくわからないけど、圭介のお父さんが見つけたんだ」


 圭介のお父さん?


「うん。圭介のお父さんは考古学者さんでね、関東の山奥の村の蔵から出てきたんだって」


〈カミノネゴウ〉は首で自分の胸辺りを見るよう促し、


「この辺りに〈上野根號〉って書いてあったから、お父さんは僕をここまで連れてきたんだ。そしたら、僕が動いたんだって。あれからお父さんは僕にまつわる文献とかを探したりもしてくれたんだけどよくわからないって。あ、圭介のお父さんもすごい人なんだよ。毎年この時期には帰ってくると思うから紹介するね」


「圭介のお父さんはどうでもいいの」


 レイチェルはピシャリと言った。


「それで、あなたは何者なの。本当にわからないの? どこかの研究所に預けたりは?」


「確かに、お父さんが、これはきちんと調べる必要があるって話をしたことがあったんだよ」


 あった、ということは。


「でもね、それは、圭介が」


 圭介?


「圭介はあの時小学生だったんだけど、あの時かな、僕に乗って暴れまわったのは」


 どこか懐かしむように〈カミノネゴウ〉は言う。


「僕は最初歩けなかったんだ。だけど、圭介が僕に乗ってくれるようになってから、やっと歩き方を覚えていったんだ」


「じゃあ、あなたは」


「最初はこうじゃなかったんだよ。歩き方を覚えたら、こうやって背中の人が乗る場所をしまえるようになったんだ」


 レイチェルは驚いていた。てっきり最初から歩けていたものだとばかり思っていた。


「それでね、圭介はね、言ってくれたんだ。僕のことは、弟だって。弟だから、自分が育てるって、面倒を見るんだって」


「なんでそんなことを」


「さあ。訊いたことないなあ。っていうか圭介、このこと覚えてくれてるのかな」


〈カミノネゴウ〉は空を見上げた。嬉しかったなあ、とつぶやく。


「最近は全然呼んでくれないんだ。昔はね、僕が珍しいからって寄ってくる人に向かって圭介がいつも言ってくれてたんだよ」


「いいじゃない、それだけ、あなたも馴染んで」


「え?」


〈カミノネゴウ〉が驚く。しかし、本当に驚いていたのはレイチェルの方でもあった。お互いに黙りこんでしまう。が、


「さて、レイチェルさん、お迎えだよ」


〈カミノネゴウ〉は立ち止まる。あぜ道の向うからヘッドライトが眩しい。レイチェルは思わず身を固くした。今日も無断で家を出たからだ。


「大丈夫だよ。あのね、圭介も小野寺さんも、みんないい人だよ。それに、学校だってさ。だから」


「いいの。別に」


 レイチェルは〈カミノネゴウ〉の手のひらから飛び降りる。


「小野寺さんの家は、わたしにとってただのホテルなの。あの宇宙人を捕まえるための仮の家。それでいいの」


 レイチェルは冷たく言い放つ。〈カミノネゴウ〉は普段なら感じない夜風が体を突き抜けた気がした。その風に押されるように、〈カミノネゴウ〉はその背中へ声を張った。


「あのね、レイチェルさん、僕は、レイチェルさんは、圭介に似てると思うよ、やっぱり!」

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