第19話 悔恨

 光学迷彩を起動し、ステルスモードになっている〈ヌーズ〉を補足できるレーダーは地球において殆ど無い。おそらく唯一の手がかりになっているのは指向性反重力照射装置。それと修理したとはいえ不安定な反重力装置であろう。イガカ星人マネルニットは歯噛みした。二度も、発展途上星の原住民に仕事を邪魔されたのだ。これが怒らずにいられようか。


「もっと悔しがれよ!」


 マネルニットは卓袱台を大いに叩いた。その拍子に、彼の『変装』が解けた。銀色の肌に飛び出た輝く目。小さく開いた口に細い歯。首の代わりにくびれているのは鰓があるからだ。地球で言えば魚類を祖先に持つ宇宙人、それがイガカ星人だった。


「ひえっ」


 情けない声をあげるのはカケルニット。そして変装が解ける。彼もマネルニットにそっくりであったが、目の位置がやや下、体色もどこか白っぽく、頭も長い。彼はさっきから顔を真赤にし変装が解ければ鰓をガパガパさせているマネルニットに怯え、怒りに震えるなどといった余裕はなかった。


 そして、無言で変装を解くのがタセルニット。彼は薄く黒い縞模様が見える。頭はマネルニットよりも短く太めだ。


 三人はアジトであるアパートに偽装したテントに戻っていた。部屋の中身も、夕方から人間を一人招いた時と変わらない。未だカレーの匂いくゆる部屋で、三者三様、己の業務の失敗のことを考えていた。


「なぜ、あの人間に勝てない」


 イガカ星人の指に節はない。六本指に軸となる腱のようなものがあり、それを周囲の薄い筋肉が引いて指のように細かい作業を実現させる。それが今、ぎゅっと握られている。怒りに赤い鰓が出たり入ったり。それが恐ろしくてカケルニットの鰓はピタリと閉じたまま。


「あいつ、強イ。わたしたちじゃ、勝てな……」


「あいては途上人だぞ! 確かに武装は殆ど無い。だけど、なんでこうもおれの攻撃が当たらんのだ!」


 マネルニットは〈ヌーズ〉に乗って長い。その運転技術たるや、そのあたりの第四世代型や五世代型を相手にしてもまともに戦える、否、勝利するだけの自信があるほどだ。なのに、たった一人、生身の相手も踏み潰せないとはありえないことだった。


「それに、あいつらには、兵器があル」


 カケルニットは恐る恐る卓袱台に触れた。立体映像が打ち上がる。そこに映ったのはロボット、人型兵器だった。


「これは、この星の現住人が本来は持っていないもノ。調査したけど、宇宙にはこの機械と同じように動くものなイ」


 カケルニットは少しボケているとはいえメカニックだ。その道の彼が言うのだから、おそらくこの兵器はオーバーテクノロジーなのだ。仮にも、発展した宇宙人の作った宇宙船をへこませるだけの力を持っている。


「一体あれはなんだ」


 マネルニットは言う。あの途上人は確かに厄介だ。だが、単体では敵ではない。なにせ、こちらを倒すことができないのだから。今回、マネルニットが撤退を決めたのは他でもなく、あのオーバーテクノロジーがやってきたからだ。


「いくつか、似たような反応知ってル。だから、だいたいわかル。だけど、この星にはまだない技術。誰かが持ち込んだのかもしれなイ」


「対抗策は?」


「考えてル。まだ、あの技術の正体つかめなイ」


「早くしろ!」


 マネルニットは怒鳴った。時間がない。この星で食料を得る手段は限られている。備蓄分が尽きれば、この星の家畜より先に、自分たちの食料を盗まなくてはならないだろう。そうなっては落ち目だ。


「ところでタセルニット。お前はさっきからどうした」


 タセルニットが黙っているのはいつものこと。だが、なにか様子が違うと直感した。あぐらをかき腕を組み、なにか思案している様子。


「なんでもない。とにかく、障害を排除することを優先したらどうだ。狩りはその後でいい」


 至極まっとうなことをタセルニットは言った。


「わかっている。奴の居場所さえわかればすぐにでも〈ヌーズ〉で攻めこんでやる」


「そうか。わかった」


 そういい、タセルニットは黙りこむ。


「お前、なにか知っているのか?」


 マネルニットはどこか不安になって尋ねるが、タセルニットは答えない。すくっと立ち上がると、洗面器にタオル、石鹸をもって近所の銭湯に行く支度をし始める。唖然とする二人をおいて、彼はぱっと黒人風の男に化ける。

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