第34話 病室
「おじさま!」
市内の病院。研究所にほど近いその病院の待合室で南方圭太郎はトマトジュースを片手に椅子に腰掛けていた。そんな彼に、小野寺ひすいは声をかけた。圭太郎は慌てて無理に笑顔を作ると、小野寺ひすいの方を向く。
「あにさんは?」
「まだだ。そろそろ目が覚めてもいい頃だとは思うのだが」
そうですか。とひすい。
あれから三日も経った。イガカ星人の宇宙船を撃ち抜き大金星をあげた〈上野根號〉だったが、その寸前に宇宙船が放ったワイヤーが南方圭介を直撃、全身に裂傷を浴び特に左腕は骨折。意識不明の重傷に追い込まれていた。かろうじて一命を取り留めたが、彼の意識はまだ戻らない。
「大丈夫だ、ひすいちゃん。あいつは考古学者だ。これくらいのことではくたばらん。なにせわたしの息子なんだからな。それに、話によるとあいつ、寝てないらしいじゃないか。だから、その分を取り返しているだけだと思えば違和感はない。全く、人が教えた円匙術を落とし穴に使うとはな!」
しかし、実践考古学と考えるとなかなかに興味深いところもある。あいつはきちんと槍か何かを落とし穴の床面に仕込んだと思うかい。
南方圭太郎の朗々とした物言いに、ひすいは少し心が緩む気もしたが、今、病室で静かでいる圭介のことを思うと胸が締め付けられた。
「おじさま、わたしになにか、できることはないのでしょうか」
ひすいは言った。
「わたしは、ずっとあにさんとゴウちゃんと一緒にいられればそれで楽しかったんです。でも、多分、あにさん達は違ったんだと思います。あにさんにとってわたしと板理由は、きっと弱いからなんです」
「何を言う。わたしの息子がそんなことで君と一緒にいるわけが」
「違うんです! あにさんは、優しいから。いつも気にかけてくれて、なにかあったら力になるために一緒にいてくれたんです。あにさんはいつも、誰かと一緒にいるときはそうなんです。誰かへ、何かをするために、そばに居てくれるんです」
だから。
「誰かが危ない目に合うってわかったら、みんなから離れていっちゃう」
ひすいはその場にしゃがみこんだ。
「このままじゃ、わたし、あにさんのそばにいれない」
ひすいの頭にあるのは、温泉から飛び出して、銃を片手に向かっていったレイチェル・ミズシンの姿だった。レイチェルが日本に来てから、圭介はずっと、戦う力のないレイチェルの代わりに、そして、お節介にもその宇宙人に立ち向かおうとしている〈カミノネゴウ〉より先に宇宙人を宇宙に返すために戦っていたのだ。ひすいには何も言わず。
レイチェルの教えてくれた、この数日間の話は、ひすいの胸に深く突き刺さった。
「大丈夫だ。圭介はどこにも行かない。むしろ、君がいるから圭介は頑張れるんだ。誰かの為に行動していても、そこが本当のあいつの居場所じゃない。君は、圭介にとって本当の居場所なんだ。大事な場所だから、遠ざけたりもするかもしれない。だけど、だからといっていなくなるわけじゃない」
わたしだって、普段は家にいるわけじゃない。だけど、圭介やゴウがいるから働けるし、家がある安心感がある。圭介にとっての君も、きっとそういう存在だ。
「でも」
ひすいの声が震えている。泣いているのだ。ひすいの様子に圭太郎は思案する。そしてやがて、
「ちょっと、来てくれないか」
圭太郎はひすいの手を取りそういった。
「一つだけ、君に頼みたいことがあるんだ」
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