第27話 決戦

 朝、燦燦と輝く太陽に目を細め、小野寺ひすいはレイチェルの手を引いて外へ飛び出した。そして、あんぐりと口を開けることになる。


「なにこれ」


 太陽を隠す巨大な飛行物体。円盤。うねうねと触手のような三本の足を動かして空にとどまっている。同じく、それにレイチェルが続き、そして塀の向こうから頭を出す〈カミノネゴウ〉もまたぽかんと口を開けている始末。ただ一人、とうの昔に外に出ていた少年を除いて。


「おいコラ宇宙人共。どこみてんだ」


 キキッと自転車を止め現れたのは他でもなく南方圭介だった。すでに泥だらけなのが違和感だった。


「宇宙人?!」


 と、ひすいが声を上げる。じゃあこれってUFOなの?


「聞いてんのか。返事ぐらいしやがれ」


 圭介はひすいの言葉を無視し、ひたすら三脚式円盤に話しかける。


「お前らだっておれがいる限りは好き勝手できねえのはわかってんだろ。とっととかかってこいよそのバカ見てえなデカブツでさあ」


 さらに挑発でもするように、南方圭介は手に持っていた角型スコップを投げつけた。それでも三脚式円盤は返事をしない。ただ、まるで振り向くかのようにその円盤をぐるりと回した。圭佑は自転車のペダルを踏み回し、ついて来いと言わんばかりに発進した。


「圭介!」


〈カミノネゴウ〉が彼の名前を呼んだが、圭介は返事をしないまま走り去っていく。


 彼がたどり着いたのは昨日の休耕地。圭介は背負ったリュックサックに手をかけその重みを確かめるようにし、自分の後ろをついてきた三脚式円盤と向き合った。円盤はついにその足を地におろし、睨みつけるようにその体高を下げた。


 目のない相手とのにらみ合い。最初に動いたのは南方圭介だった。自転車のチェーンがうなり急発進。休耕地の悪路を物ともせず円盤へ走りだした。円盤の間合いは広い。両者の間が五十メートルにもならないうちにその足を上げ、一気に伸ばせば、それだけで圭介を潰すことができた、はずだった。しかし実際はそのアームがわずかに彼の服をかすめたのみ。だが、当然それが円盤の本気ではない。


反重力ユニットを輝かせ宙に浮いた円盤は、そこから一本、二本、三本と時間差を付け足を落とす。完全に修理が完了した反重力ユニットにかかれば空中で機体を静止させることなど、基本機能。あとは、それに任せて足をふるうのみ。連続でたった一人の人間を襲う三脚が土と雑草が飛び散り畑を抉り尽くした。


 がん!


 とついにその足が自転車を一瞬でスクラップに変化させる。と、その瞬間、円盤はまるで毒でも回ったかのようにビクリと震えた。否、それはどちらかといえば体についた虫を払う運動に近い。何故ならば、その足一本に人間ががっしりとしがみついていたからだ。


振り回してなおしがみつく少年に業を煮やし、円盤はもう一脚を勢い良く打ち放った。思えば愚か、鮮やかに足が足を打ち、その寸前間一髪のタイミングで圭介は飛び降りていた。それだけで済んでいればまだ円盤にも勝機はあった。しかし、問題は圭介のリュックサックの中にあった。飛び降り前方回転受け身を取りながらパッと振り返った彼の手の中にあったのは紛れも無く昨日円盤から持ち帰った銃であった。使い方は熟知している。


昨晩、広い山の中、家にも帰らず彼はそれを習熟し尽くしていたからだ。収斂進化と似たものか、その構造はおおよそ映画などで見る銃と同じ使い方だった。ゆえに、カッと銃口が輝けば円盤の底面に設置された、燐光を放つ反重力装置の一つがはじけ飛び、円盤が大きくひっくり返った。泥を巻き上げその影は装置の煙で隠れていく。圭介は銃を鞄にしまい、その身を大地に転がした。その瞬間、その場を円盤が倒れこむように襲った。煙を突き抜け、ぬうと現れたそれはそのまま、地面に突然空いた穴に沈んだ。見たものが圭介以外にいたのならば目を丸くしたであろう。ぼん、と音を立てて地面が消失、円盤もまたその空間から吸い込まれるように消え去ったのだ。


「そんなに帰りたくなけりゃそうしてやるよ」


 それは、一晩かけて南方圭介がこしらえた対円盤用捕獲罠、つまりは落とし穴であった。原始的ではあるが確実、円盤と圭介ほどの体重差であったから成し得るトラップであった。彼はそして悠々と銃を構え、何が起きたか理解していないようである円盤へ向けて銃爪を、


「やめろ!」


 誰の絶叫か。意識外の声にはっと振り向いた彼の頬を拳がはっきりと貫いた。自ら掘った落とし穴の縁に転がる南方圭介。手から銃が滑り落ちる。


「てめえ、浅田かァ!」


 ぼろりと崩れる落とし穴の縁。下手に動けない。浅田邦彦は肩で息をしながら南方圭介を睨んでいる。


「やめろ、南方」


 邦彦はもう一度言った。


「うるせえ。こいつがいるおかげで……待て、この宇宙人共はお前んとこの牛狙ってんだぞ。わかってんのか」


「ああ。もちろんだ。だけど、知ったこったねえ!」


 浅田邦彦が怒鳴る。そこで圭介は今更ながらに邦彦が継ぐ気はない、といっていたのを思い出した。


「前借りだ。おれは、こいつらにうちの牛を、譲る!」


「はあ?」


 圭介は悲鳴にも似た声を上げた。なにいってるんだこいつは、こんなときに。さらに圭介の周りの土がぼろぼろと崩れていく。ゆっくりと縁から離れようと圭介は体を動かすが、それを邦彦はどんと足を踏み出し牽制した。圭介は邦彦の正気を疑った。そのとき、地面が揺れた。ぐぐぐ、と三脚式円盤が立ち上がる。


『逃げロ、邦彦!』


 円盤が喋った。邦彦の気が緩んだその一瞬に圭介は走りだそうとしたが、もう遅い。円盤の足が振り下ろされる。流石の圭介の運動神経でも躱しきれないのは目に見えている。万事休す、圭介はチッと舌打ちした。ずどん、という地響きとともに地面が割れる。その土砂たるや天高く、三脚式円盤に降り注ぐ。


「圭介、大丈夫?」


 その、木鈴のような声に、南方圭介は唸るような低音で、ああ、と返事をした。振りかかる土砂を赤茶けた巨腕で振り払う南方圭介。円盤はそのカメラで、落とし穴から離れた位置に立つ、六メートルほどの人型を認め、更にその上に、小さな人型の姿を見た。


『――オーバーテクノロジー』


〈上野根號〉と南方圭介。〈上野根號〉は直立二足歩行から変形し、頭部の辺りにバイクのシートのような操縦席を設けた〈被操縦形態〉になっていた。


「余計なときに来やがって」


 南方圭介は毒づいた。


「なんていってもいいよ。僕は、圭介を助けたかったから」


 圭介はふん、と唸りペダルを踏み、今一度〈上野根號〉の立ち位置を調整した。バイクのようなハンドルについた五つのスイッチをかちかちと順番に押せば、〈上野根號〉の指が応じて折れる。


「待て、ゴウ、南方!」


 浅田邦彦が叫んだ。 〈上野根號〉の動きが止まった。


「マネルニット、カケルニット、タセルニット! お前たちがほしがってる牛は、いくらでも持っていけ! あの牛の将来のオーナーにおれはなる。だから、持っていけ! 貴族でも家族でもいい、お前たちの星にいくらでも連れて行け!」


 もはや絶叫。しかし、その返事はなかった。


「会話なんか通じねえよ」


 代わりに邦彦に向けられたのは、攻撃だった。円盤が振り下ろした足を、〈上野根號〉が受け止めていた。それをえいやと放り投げる。


「そんな」


 邦彦は自分が攻撃された事実が飲み込めない。


「外野はすっこんでろ」


 さらに横薙ぎの一撃を叩き伏せ、〈上野根號〉は跳躍し、円盤を踏みつけにする。狙うは一点、以前損壊させた装甲板。だが、そう安々と組み付かせはしない。足がアームとなってかっと開き、捕まえに来る。それをしかし、もちろん〈上野根號〉は腕力でもって押し払う。


 反重力装置は明滅を繰り返し、損壊した部分はまだ煙を吐いている。以前なら逃げていたに違いないが、もうそれは叶わない。残った反重力装置を輝かせて円盤は浮き立った。円盤の中、イカガ星人も覚悟を決めた。


『来い、途上人!』


〈上野根號〉は背部のブースターを点火、急加速でもって接近する。それを大ぶりの一撃で迎え撃つ円盤、〈上野根號〉はそれを踏み越え跳躍する。と、そこにはもう一本の足がすでに待ち構えていた。円盤はその時、一脚で立っていた。マネルニットの本気、オートバランサーと反重力ユニットをフルに使った究極の角度でもって巨人を迎え撃ったのだ。だが、それさえ南方圭介にはお見通し、彼は〈上野根號〉のシートから飛び出し、一人で円盤へ跳ぶ、はずだったのだが。


 急に〈上野根號〉はブースターの角度をいじり、腕でもって自身を守って地面に素早く着地した。そこへめがけての足踏みを、南方圭介=〈上野根號〉は華麗なステップでもって回避する。


「お前、勝手に何しやがる!」


 三脚が代わる代わる〈上野根號〉を攻める。その一撃一撃を圭介は見切り、攻撃の機会を伺っていた。


「僕は、圭介を守るために来たんだ。だから、無理はさせない」


 木鈴の音は、かつてない決意を持ってその言葉を伝えた。


「知らねえよ。そうでもしないでどうやってこいつ倒すんだ」


「わからない。でも、できる気がするんだ。だから、僕に任せて欲しい」


「はあ?」


 圭介は思わず声を荒らげた。だが、そのとき、まばゆい光が圭介の目に暖かく差し込んだ。何が起きたのか、そう思ったのは南方圭介だけではなく、円盤もまたそうだった。


「ゴウ、なんだそれ」


〈上野根號〉、その頭部が猛烈に光っていた。否、燃えていた。炎がその目から漏れだし、頭頂部からもぎらぎらと湧き出ている。鮮烈な青色。さらに、その全身から湯気のようなものが静かに吹き出ている。南方圭介も一度も見たことのない〈上野根號〉の姿だった。


 ――そのとき、はるか向こうの山を裂き、巨大な岩の塊が浮き出た。そのことを知るのは、一部の研究者のみだったが。


「圭介が僕のために無理をしてくれるなら、僕だって少しはやらないと、ね」


 そして伸びる〈上野根號〉の角。まばゆい光の角だった。その二本の間に、一際眩しい輝きが生まれると、それは一直線に円盤へ伸びる。はっと気づいた時にはもう遅い。〈上野根號〉の角から発せられた光のビームは、円盤が思わず防御につきだした三脚全てを打ち砕き、半壊した反重力ユニットを全壊に、その装甲板を焼きちぎって吹き飛ばした。身ぐるみ剥がされた円盤は、そのまま落とし穴へ弾き飛ばされ、轟音と振動をもってその墜落を知らせた。その轟音の凄まじさたるや目に見える。なにせ墜落した途端、今度こそ太陽さえ多い隠さんほどの泥を巻き上げ煙を放った。振動は落とし穴へぐいぐいとあたりの土をかき集めていく。


 皆が見上げる土柱、その凄まじさは言うに及ばず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る