第28話 歴史語る男来る
「あにさん!」
ひすいは軽自動車から転がるように降りるとそう叫んでいた。ぶち上がった土柱はどぼどぼと音を立てて地面に帰っている最中。その近くで真っ白な湯気に包まれて〈上野根號〉はゆっくりと歩いてきた。どこか様子がおかしかった。のろりのろりと体を左右に揺らして歩いている。その上に乗る少年、南方圭介の顔面から血の気が引いている。ただただ不安げにそのハンドルをぐいぐいと動かし、震える声で何かを言っている。それが、必死の〈上野根號〉への呼びかけだとひすいはすぐに気づいた。
当の〈上野根號〉は特に返事もせず揺れながら歩くのみ。しかし、ふと上がった彼の頭部、その中の輝きが失せていることにひすいは絶句した。見たことがなかった。ひすいは慌てて駆け寄る。
「ゴウちゃん!」
ひすいの呼びかけに一瞬反応を示した〈上野根號〉だったが、息漏れのような音を出すだけ。そして、ついにひすいの前でがしゃんと倒れこんだ。
「ゴウちゃん! ゴウちゃん!」
ひすいはどうしたらいいのかもわからず、とにかく〈上野根號〉へ話しかける。
「おい、ゴウ!」
圭介はずっとペダルを踏み回し、ハンドルを引き押し続けているが、ついにシート部分がうなだれるように傾いて圭介を滑りおろした。まるで〈上野根號〉がそのまま朽ちてしまいそうで、圭介はシートをよじ登ろうとしたが無駄だった。
遅れて車から降りたレイチェルは目の前の状況が飲み込めなかった。宇宙人たちはどうなったのか、という質問を投げかけたかったが、どうみてもそれどころではなかった。
「どうしたの?」
恐る恐るレイチェルが声をかけると、圭介は、震える声でわからない、と言った。
「ゴウが動かねえ」
機械が動かなくなるのはともすれば常識的よくあることである。だがしかし、当然機械の枠を超えて喋り、考えるそれを一般の常識に当てはめて考えるのは無理があった。
レイチェルからすると妙な感覚だった。普通の機械に当てはめれば当然のことだが、〈カミノネゴウ〉のことを考えると別のことに思えたからだ。
「〈カミノネゴウ〉の燃料とかは?」
「さっぱりわからねえ。ゴウはいつも夜になったら寝たりはするけど、飯もなにも食う必要はない見てえだったんだ」
「ゴウちゃんとは小学校に入る前からずっと一緒だったけど、ほんとだよ」
ひすいは付け足した。ただの二足歩行するロボットであったとすればそれだけで事件だが、それがエネルギーの補充もなしなら、と考えるともはや恐ろしい。
「ねえ、他に彼について詳しい人は……」
そう言いかけて、レイチェルは以前〈カミノネゴウ〉から聞いた人物のことを思い出した。
「圭介、あなたのお父さんは?」
彼女の言葉に圭介ははっとした。
「だけど、あいつは今……」
そういいながら携帯電話を取り出す南方圭介。そのとき、ちょうど電話が鳴り出した。
「親父……?」
その言葉に皆が皆あまりに良すぎるタイミングに首を傾げた。
「もしもし」
圭介が応答する。
「全く、昨日からずっと電話していたのに出ないとは、我が息子ながらにいい感じにお前も文明外の男になったな」
電話の向こうの声が、はっきりと聞こえた、ひすいにもレイチェルにも、軽自動車から降りてきた小野寺弓枝にも。
「だが、歴史学を学べばわかることだが、人類は文明から切り離されては生存できない。人の道に文明あり。偉大な歴史に名を刻むために、時に我々は文明を受け入れなくてはならないのだ」
はっきり聞こえる理由はすぐにわかった。声の主がこの場にいるからだ。
「久しぶりだな、圭介、ゴウ。それからひすいちゃんに小野寺さん。あと、君は、噂に聞いていた子だな」
振り返ればそこにいた。遠くから蜃気楼を従えて歩み来る男が一人。
「おじさま!」
ひすいが声を上げた。その横を猛烈な勢いで圭介が駆けていく。
「親父、ゴウが!」
まるで掴みかかるかのような勢いだった。普通の人間ならば恐怖するところだが、南方圭介の父南方圭太郎に動揺はない。
「考古学者たるもの、いついかなる時も冷静に現象を見極めろと言っていたではないか!」
右フック。その一撃は見事に南方圭介の頬をえぐった。
「うるせえ、おれは考古学者じゃねえ!」
「だが、そうなるようにわたしは育てた。幼いころより登山を教え、体を鍛えさせた。生き抜くための知恵を授け、土を理解し地面を掘る術も学ばせた」
「知るか!」
起き上がりながら圭介は怒鳴った。
「そんなことより、ゴウのことはいいのか」
〈上野根號〉の前に立った圭太郎はそういい、その体を撫でる。誰が言い始めたのか、というでかかった反論を圭介は何とか飲み込む。
「おい、ゴウ、聞こえているのだろう。返事をしたらどうだ」
ごんごん、とその体をノックする圭太郎。そうなの? とひすいは目を輝かせる。
「ダメか。なら、これではどうだ」
腰から下げていた水筒を取り出すと、その中身を〈上野根號〉の頭にかぶせる。するとどうだろう、その中、燃え上がるような瞳が復活した。
「ゴウ!」
圭介は思わずその名を呼んだ。
「圭、介」
だが、〈上野根號〉の言葉に力はない。それどころか、またその瞳は明滅し始めた。
「うむ。やはり意識はあるようだな」
そういう圭太郎はその場に膝をつき、〈上野根號〉に目線を合わせる。
「ゴウ、少しの辛抱だ。待てるな?」
その言葉に〈上野根號〉は小さくうなずき、再び輝きを失い動かなくなった。
「親父、どういうことだ」
問い詰めるような彼の言葉に、圭太郎の顔が一瞬曇るが、
「大丈夫だ。兎にも角にもゴウは助かる。安心しろ」
「どうやって」
そういう圭介に圭太郎は不敵に笑みを浮かべた。
「温泉に行く!」
その場で立ち尽くす皆へ圭太郎は言い放った。
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