第29話 訣別

 浅田邦彦はふらふらと川沿いを歩いていた。頭にともすれば浮かぶのは、まばゆいビームを放つ〈上野根號〉の姿、そしてそれを受けて地下で爆発した三脚式円盤の最後だった。脱力感だけが浅田邦彦を包んでいた。まだ一日の半分も過ぎていないということが驚きでしかない。


 あいつは鬼だ。


 南方圭介の姿を思い出す。円盤から空をとぶ能力を削ぎ、落とし穴にはめ、上から銃で狙い撃つ、という狡猾な手。そこら中にショベルで穴を掘りひすいと一緒にいたずらを仕掛けていた圭介の姿を思い出す。何故かあいつはショベルの扱いが格段に上手く、畑作から雪かきまで七面六臂の活躍を見せるのだ。それが高校生にもなると円盤をも沈めるのだから恐ろしい。


 ――恐ろしい。


 そう、彼は今日、三人の宇宙人を葬ったのだ。厳密に言えば〈上野根號〉の角から放たれたビームだが、もちろんそれに乗っていたのは南方圭介で、すなわち彼の操縦のもとに行われたに相違ない。恨むなら、あいつだ。〈上野根號〉にあんな技を使わせるとはまさに外道であった。


 あのあと、浅田邦彦は己の出来る限りの力を振り絞って救出作業にあたろうとした。だが、無理だった。気づけばあの憎き南方圭介たちはいなくなっていた。今頃円盤を落としたとかで宴会でもしているのなら許しては置けない。


 しかし、自分に何ができようか。


 南方圭介には勝てない。〈上野根號〉を殴れば自分の骨の方が砕けるだろう。ひすいに何かするのはお門違いで、しかも彼女に何かあれば間違いなく南方圭介が出てくる。


「はあ」


 浅田邦彦はため息をついた。そういえば、始めてあの宇宙人三人組の一人、カケルニットにであったのはこの場所だった。ふとそんなことをお思い出していると、川の茂みに怪しく動く影をみた。


 そんなうまい話はない。彼の頭の一部はそう言うが、体は勝手に動いていた。がさり。唐突に茂みの中から顔を出した男に、浅田邦彦は心が落ち着くのを感じた。


「カケルニット!」


 浅田邦彦はその名を呼んだ。生きていた。喜びがこみ上げ、思わず駆け寄った。しかし。


「来るナ!」


 カケルニットは叫んだ。邦彦の足が止まる。カケルニットはずぶ濡れだった。川を渡ってきたのだろうか。


「おれたちはもう邦彦と関係なイ」


 カケルニットは言い放つ。


「そんな、お前、なにいって」


「別に、普通のことだ」


 ぬっと現れたのはマネルニットだった。彼もまたずぶ濡れだった。


「おれたちはただの宇宙からの密輸業者だ。それ以上でもそれ以下でもない。確かにお前に頼んでコショウを手に入れてもらったこともある。だが、それだけだ」


 彼らの冷たい物言いに、浅田邦彦は愕然とした。


「お前はおれたちにどこか同情しているのかもしれないが、余計なお世話だ。おれたちはおれたちでやる。お前の手助けなどいらん」


 そういうマネルニットの足元に転がっているのはタセルニットだった。あの頑丈そうな彼が、顔を真っ青にし地面に伏していた。


「タセルニット!」


 寄ろうとした彼をカケルニットが止める。


「問題なイ。おれたちは元々犯罪者。死ぬ覚悟はできてル」


「まさか」


 浅田邦彦の中に怒りが湧いた。


「タセルニットは生きている。ただ、船の中で頭を打っただけだ」


 生きていると聞いてとりあえず安心する。


「いいか、邦彦。おれたちはこれから、最後の戦いを挑む」


「え?」


 邦彦は目を丸くした。


「おれたちも手ぶらでは母星には帰れない。成果を挙げなくてならないからな。その成果とはもちろん」


「〈カミノネゴウ〉を捕まえるのか」


「そうだ。たとえどれだけ船が損傷しようが任務を遂行する。今度こそあの途上人を殺したっていい。なんなら」


 マネルニットの手にナイフが握られていた。それが邦彦の首筋につきつけられる。


「お前を、殺したっていい」


 邦彦は血の気が引くのを感じた。だが。


「それで、お前たちは本当に、星に帰れるのか」


「何?」


 マネルニットは疑うように言った。


「星に帰れるのか。カケルニットは、星には家族がいるといった。途上人を殺して、本当に家族に、胸を張って仕事をしてきたって言えるのか?」


 邦彦の言葉にマネルニットは激昂した。


「おれたちは犯罪者だ。そんなもの、覚悟はできている」


「本当にそうなのか。おれには、できない。カケルニット、お前はどうなんだよ!」


 邦彦は言った。


「おれハ……」


 カケルニットは言い淀んだ。彼は何かを言おうと口を開く。だが、そのカケルニットをタセルニットが制した。


「おれたちはそういう仕事を選んだ。ためらいはない」


「南方圭介と、真剣勝負を挑んだお前がか。銃も使わず、圭介に合わせて素手で戦った、戦士だったわかるんじゃないか。お前たちは本当に、胸を張って家族のところへ帰れるのか?」


「黙れ!」


 マネルニットは邦彦を突き飛ばした。


「次に会った時、おれたちはお前を殺す。それだけだ」


 冷たく言うと、三人はそのまま消え去った。川辺に一人、浅田邦彦が取り残される。

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