第17話 円盤と人

 生身の人間と三脚式円盤。容易く済むはずの戦いだったが、それはイガカ星人の早計だった。夜。完全に視界の塞がった世界であったが、三脚式円盤はそれに備わっている暗視装置により昼間の鮮やかさでもって人間を狙った。一方、人間南方圭介は、明るく光る半円型の反重力装置を目印に、勝手知ったる森のなかを、自転車でもって縦横無尽に駆けまわり、その攻撃を交わし付け回した。ならば円盤はハッチを開け、乗組員一人が手持ち武器を放てば良い、だが、イガカ星人は夜目が効かなかった。装着型の暗視装置もなく、スコープでは細かく動く標的を取ら得ること叶わず、もどかしい思いをしながら三脚をふるい、地面をえぐるのみである。


 足と足の合間を見事にすり抜け、体制を崩さんとしているのか、しかし反重力装置がある異常、倒れることは万に一つ無い。同じく、自転車を時にこぎ、時に力で持って強引に捌いて足を交わす少年の匠たるや、掠めることすらあるのだろうか、と疑念を抱かせるに十分であった。神業と言って違いない。そもそも、南方圭介とはそういう男であった。当てれるもんなら当ててみやがれ。


『途上人!』


 宇宙人は叫び、反重力装置を輝かせ、人間から距離をおいた。流石に距離を大きく開けられ、一瞬圭介の動きが止まった。


『なぜ我々の邪魔をする』


「うるせえ。早く帰れ!」


 少年は自転車のペダルをえいと踏み、三脚式円盤へ滑りだす。驚嘆すべきは少年の『センス』だった。三脚の動きを反重力装置の影だけで見切り、躱す。本来ならば何度ミンチになっていてもおかしくない状況で、南方圭介は九死に一生を延々と続けていた。再び円盤は距離を取るために浮き上がった。一方、南方圭介は動かない。勝機、モニターに拡大された少年は肩を何度も上下させ、春とは思えぬ量の汗を垂らしていた。それでもなお、弱々しくもペダルに足掛け、漕ぎだした。少年からの視界、わずかに反重力装置に小さな影が差した。そして、それがわずかに輝く。それを認めた瞬間、辺りの木々が一瞬ではじけ飛んだ。しかし、


『外したぞ、タセルニット!』


 スピーカーを切り忘れていたのか、声がだだ漏れ。とはいえ、宇宙人が手持ち型の武器を外

してしまったのは事実。狙撃手の宇宙人はかつてない驚きでもって、途上星の生物を見た。


「投光器を!」


 狙撃手の宇宙人は叫んだ。見えるのはせいぜい十メートル範囲。もう標的の居場所はスコープでは追えない。が、円盤はふわりと浮いて更に後退した。


『撤退する! 厄介なのが来た』


 その声にいち早く反応したのは狙撃手ではなく南方圭介だった。遠くからぼん、ぼん、と誰よりも聞きなれている足音がする。


 浮き上がっていく円盤を見上げる南方圭介。その影に小さな宇宙人。宇宙人はただただ少年を見下ろすだけであった。

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