第13話 『最強の称号』その1
ルナバル平原に展開する軍の中央部。第二部隊の一つ後方に陣を張るのは第三部隊だ。そしてその中央に、馬上に立ち腕を組みながら戦いの様子を睨むように眺める者が1人。
「気に入らねえ……気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ!」
苛立ちを隠しきれない様子で何度も舌打ちをしているのは、逆立った黄色い髪の男性の騎士。王国騎士団第三部隊長ヴォルクス・アンセント。『雷鳴の騎士』の二つ名を持つ彼は風魔法の派生魔法、雷魔法の使い手だ。その端正かつ野生味のある顔立ちにはファンが多く、王都内において男性騎士としてはライハルトに次ぐ人気を誇る。そんな彼は現在、荒れていた。
「『灰塵』も『閃光』も気に入らねえ! なんで俺様が後ろにいなきゃなんねえんだよ! 他の奴らは全員前線にいるってのに」
馬上に立ったまま彼は何度も足先を揺する。下にいる馬は少し迷惑そうにヒヒンと鳴くが、彼がそれを気にする様子はない。
「特に『閃光』。あいつは1番気に入らねえ。信じられるか? この俺様、『雷鳴の騎士』ヴォルクス・アンセント様を後方に置くなんざ、舐めたマネをしやがる」
今回のこの布陣の立案者はライハルトである。第三部隊は第二部隊の後方で、討伐し損ね陣を掻い潜ってきた魔物を狩る役目を与えられていた。だが、前方の様子を見る限り彼の出番は回ってこなそうだ。これでは、『雷鳴の騎士』の活躍の場がない。
「アニキ、俺も同意見ですぜ。開戦の一番槍も、本当はアニキこそが相応しかったはずです。これはきっと、『閃光』のヤロウの策略ですぜ。アニキの活躍が怖えんだ」
ヴォルクスの言葉に同意するように副官が何度も頷く。その度に彼の赤いリーゼントヘアが何度も揺れる。
「やっぱそう思うか? あのやろ、どうあっても第一部隊長の座にしがみつきたいらしーな」
「そうですぜ! アニキ、あんなやつの命令なんか聞く価値あるんですかい? そんなのアニキらしくねえぜ」
少し的外れな結論を経て、副官はヴォルクスに命令違反を進言する。ヴォルクスはその言葉にニヤリと悪そうな笑みを浮かべて返す。
「いいやがるねえ。俺様がそんなタマに見えるかい? ビート」
「へへ。見えねえとも。俺は分かってますよ。何か狙いがあんでしょう?」
「はっ。俺様の狙いはただ一つ。てっぺんのみ」
ヴォルクスはそう言って魔物の群れの後方を指差す。未だ姿は見えないが、あの先にはきっとこの群れのリーダーがいるはず。そう、Sランクの大物が。
「流石だぜアニキ! やっぱこのケンカの主役はアニキだよ! 俺たちもついて行きますぜ!」
「バカヤロウ。お前らについて来れるかよ」
ヴォルクスの体から雷の魔力がほとばしり、稲光と共に馬上から飛び上がる。
「ついてきてもいいが、追いついた頃にはもう終わってるぜ! 〈
詠唱と共に彼の体から雷光が発生し、ゴロゴロという轟音を響かせ戦場の上空を稲妻が走る。魔法を極めし者がたどり着ける奥義、〈魔転〉。体を雷そのものと化した彼は魔物の群れを焼き尽くしながら奥へ奥へと進んでいく。その中にはAランクの魔物も何体かいたが、有象無象と変わらず彼の雷によって焼き焦がされ、絶命した。
その速度はまさしく雷速。騎士の中でも彼の速さはライハルトに次ぎ、他の追随を許さない。魔法属性の中でも最強と名高い雷魔法を使い、彼は群れの奥地へと一瞬で辿り着いた。そして、目的の魔物と出会う。
「ひゅう。ビンゴぉ」
そこにいたのは、九つの首を持つ大蛇だった。体高は見上げるほどに大きく、黒々とした鱗が日の光を受けて妖しく煌めく。その魔物の名はヒュドラ。猛毒を持ち、強い再生能力を持つ。Sランクの中でもしぶとさに定評のある魔物だ。
「なんだっけ? ドラゴンなんとかって言ってたよな。ドラゴンってより蛇みてえだな」
魔物の群れの長はドラゴンロードという報告は作戦会議の時に受けていたが、彼は居眠りをしていてあまり聞いてはいなかった。ヴォルクスは盛大な勘違いをしながらも目の前の敵、ヒュドラに剣を向ける。
「これでもくらえや。〈
ヴォルクスの体から稲妻がほとばしり長い槍を形作る。そしてそれは目にも止まらぬ勢いでヒュドラに向かって放たれた。
「シャアアア!」
ヒュドラはその攻撃を予期していたかのように水魔法のシールドを張る。ヴォルクスの放った雷槍は水の膜を流れ、地面を伝って霧散していく。
「ちっ、水魔法かよ。相性わりいな」
ヴォルクスの雷魔法の弱点は水だ。生半可な水魔法では彼の魔法は防げないが、Sランクであるヒュドラの魔力であれば防ぐことができるようだ。
「ならこれならどうだよ? 〈
再び魔法を唱える。ヒュドラを包み込むほどの大きな稲妻の塊が放たれる。ヒュドラはそれをシールドで防ぐが、水はすぐさま電熱で蒸発しヒュドラの体を包み込む。
「シャアアア!?」
ピシャアと音を立てて九つある首のうち五つが焼けつく。プスプスと音を立て、完全に炭化し白目を剥いた首が地面に倒れ込んだ。
「効いたか? どうだ俺様の雷魔法の威力は……て、おいおい、マジかよ」
ヴォルクスが驚き目を見開く。その視線の先には、完全に炭になったはずの首の内側からどんどん肉が盛り上がり、まるで脱皮するかのように再生していくヒュドラの姿があった。
「きもちわりいやつだな。そんなのありかよ」
ヒュドラはあっという間に再生し終わり、元の状態に戻った九つの首がぐるりとヴォルクスの方を睨みつけている。
「シャアアア」
「しゃあねえな。俺も本気を出すか」
ため息を一つ吐く。気だるげに首を回しながらも、彼の体からは雷鳴が響き渡り、雷が全身を駆け回っていく。
「〈魔転装術
詠唱と共に、ヴォルクスはその姿を変える。その相貌は
「いくぜ」
「はっはっはぁ! とどめいくぜぇ!! 〈|螺旋憤撃《レイジング・ボルテクス〉」
ヴォルクスは高速回転しながら
わずかに残った胴体も炭化し、黒煙をあげている。ヒュドラはもう再生する様子はない。完全に破壊され切った肉体の残骸が地面に残っていた。
「ふうー。あっけねえ。Sランクっつっても所詮こんなもんかよ。『閃光』の命令なんて最初から聞くもんじゃなかったな」
魔法を解き、元の姿に戻ったヴォルクスはあくびをしながら背伸びする。Sランクの魔物を相手取り、属性の相性が悪かったにも関わらずまるで苦戦した様子はない。『雷鳴の騎士』ヴォルクス・アンセント。その強さだけならば王国騎士団の部隊長の中ではライハルトに次ぐと言われるほどの実力者。
「さあて、こいつがドラゴン……ドラゴン……ロード、そう、ドラゴンロードだ。でいいんだよな? これでこの戦いのMVPは俺様ってわけだ」
ニヤニヤと笑いながらヒュドラの死体を引きずっていく。勘違いをしたままだが、そのことを指摘できるものはこの場にはいなかった。
「『閃光』も『灰塵』も目じゃねえぜ。俺様こそが最強よ」
単純な強さだけならば、一対一で戦うならその実力は『灰塵』をしのぐ。そんな彼が第三部隊長の座で収まっているのは、ひとえに彼の素行と、頭の悪さのせいだった。
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