『開戦の狼煙』その3


 シスの放った白の魔力の暴威は、戦場のどこからでも見ることができた。1番後方に控えるライハルト率いる本陣からも、数多の魔物たちが一瞬にして消滅していくところがはっきり視認できた。ライトとレイもその様子を眺めていた。


「な、な、な、なんですか、あの威力」


「流石だな。いつ見ても惚れ惚れするよ」


 あんぐりと口を開けて驚くレイに、感心したように何度も頷くライト。


「ラ、ライトさん。あ、いや、ライハルト隊長。あれって無属性魔法ですよね?」


「ああ。そうだぞ? 無属性持ちが唯一使える攻撃魔法、〈魔力弾マジック・ショットだな。シスの場合はもはや魔力砲と呼んでもいいくらいだが」


「えぇ……。無属性魔法って、あんなに強いんですね」


 レイの言葉にライトは首を振る。


「普通はあんな威力は出ないよ。彼女が特別なだけだ。『灰塵の騎士』シス・ルーギスの出現によって、無属性への扱いは大きく変わった。それまで無属性持ちは永らく不遇の象徴とされていたんだ」


「そうだったん、ですね」


「あの強さは、ひとえに彼女の努力の賜物だよ」


 シスが放った魔法により、戦端は開かれた。軍と魔物がぶつかり合う様子を2人は眺めていた。


 ――――――――――――――――


 ルナバル平原に展開する軍のうち、王国騎士団第四部隊は軍の左舷に陣を張っていた。その先頭にいるのは1人の女性。赤と緑が入り混じったようなショートヘアの頭髪。顔つきは鋭く魔物のいる方を勝気そうに睨んでいる。彼女の名はイオニスタ・ムーラン。『爆炎の騎士』の二つ名を持つ王国騎士団第四部隊長だ。


 彼女は驚くほど軽装だ。騎士鎧の胸と腰の部分を切り取って貼り付けただけのような姿をし、腹やら腕やら太ももは素肌をだしている。靴は履いているがそれもサンダルのようなものだ。流石に固定はされているが、足の甲が丸見えになっている。唯一その拳には鋼鉄製のメリケンサックのようなものが握られているが、その他に武器などを持っている様子はない。


 彼女がこれほどまでに軽装な理由。それは、彼女曰く「暑いから」だそうだ。


「はっ。シスのやつ。やってくれたじゃないか。流石だねえ」


 彼女は顔に野生味溢れる好戦的な顔を浮かべて言い放つ。


「あたしも負けてられないね。行くよっ!!」


 イオニスタは号令と共に赤と緑が入り混じった魔力を解放する。彼女の持つ属性は、火属性と風属性の二つ。二つの属性を持つものは非常に珍しいが、それを同時に使いこなすものはさらに少ない。彼女は活性化させた魔力を腕に集め、それを地面に叩きつける。大きな爆発と共に彼女は上空に飛翔する。


「さあてさあて。あたしを楽しませてくれるやつはどこにいるかね」


 天空から地上を眺める。めぼしい獲物はすぐに見つかった。Aランクの魔物ミノタウロス。大斧を持った人型の牛の魔物だ。それを目標に定めたイオニスタは背中から爆炎を吹かしながら一気に地上へと急降下していく。それはさながら流星のように。


「〈隕石の衝突メテオ・インパクト〉」


 人体が出せるとは思えないほどの速度で降下してきた彼女が地面に衝突すると共に爆炎が弾け、周囲を爆発が包み込む。その一撃は周囲100メートルほどを焼きつくし、その範囲にいたものをことごとく焼き尽くす。衝撃波は周囲に伝播し、その余波で数多くの魔物が吹き飛んでいった。直撃を受けたミノタウロスは全身を黒く焦がされ、灰になって地面に倒れ込んでいった。


「ははっ! 雑魚ばかりじゃ呆れちまうよ」


 彼女は炎熱の中で楽しげに笑う。彼女に出遅れた第四部隊の騎士たちが大急ぎで彼女の元に来るのを、満面の笑みで迎える。


「ガキども。あたしの魔法は素晴らしいだろう? さあ、さっさとこの雑魚どもを蹂躙するよ」


「「はっ!!」」


 イオニスタは爆炎を纏いながら戦場を飛び回る。彼女の起こす爆発が戦場を彩っていた。


 ――――――――――――――――


 軍の右舷に陣を張るのは、王国騎士団第五部隊の騎士たちだ。そしてその先頭には、一際大きな体躯の騎士。全身鎧フルプレートに身を包み、その顔は窺い知ることができないが、体格からして男性だろう。2メートルを超える身長と、それを覆う鎧も合間って迫力がものすごい。腰には騎士剣を2本差し、背中には大きな盾を背負っている。彼の乗る馬も特別な巨馬を見繕っており、同じく馬に乗った騎士たちの中においても特別な存在感を放っていた。


 彼の名はソルド・アロイック。王国騎士団第五部隊を率いる、『千剣の騎士』を二つ名に持つ騎士だ。彼は腰から騎士剣を抜くと魔物の群れの方に突きつける。

 

「戦端は開かれた。今こそ我ら第五部隊の威を知らしめる好機」


 低く重々しい声が響く。


「いざ、出陣せよ」


「「おう!!」」


 号令とともに第五部隊の騎士たちが駆け出し、次々と魔物を屠っていく。


「さて、我も役目を果たすとしよう」


 ソルドの目線の先にいるのは、Aランクの魔物。トロールキングだ。棍棒を持った巨人の魔物。その大きさは3メートルを超える。ソルドの巨躯を持ってしても、大人と子供のように見える大きさだ。ソルドはトロールキングに馬に乗ったまま近づいていく。


「グアア?」


 ソルドに気づいたトロールキングは楽しげに棍棒を振りかざす。ノコノコやってきた獲物を仕留めようと、その巨体を大きく揺らして会心の一撃を繰り出す。それにソルドは左手に構えた盾を割り込ませる。ガアンという音が響き、棍棒と盾がぶつかり合うが、弾かれたのはトロールキングの方だった。ソルドのシールドバッシュを受け、大きく体勢を崩す。


「ふむ。いい一撃だった」


 ソルドが右手で騎士剣を抜き、一振りする。馬上からの攻撃では明らかにリーチが足りないが、銀色の魔力がほとばしるとソルドの持つ騎士剣が伸び、トロールキングの首を両断する。Aランクの魔物は一撃で絶命した。


「さて、残りは有象無象」


 トロールキングから目を離し、彼は魔物の群れに向き直る。残りはBランク以下の魔物たちばかりだ。他の一般騎士たちからすれば脅威でも、ソルドからするととるに足らない。彼は白銀の魔力をたぎらせ、伸ばした剣を地面に突き立てた。


「〈千の剣戟サウザンド・ソード〉」


 前方の範囲20メートルほどの地面から無数の鋼鉄の刃が生える。『千剣』の二つ名の由来となったその魔法は魔物の群れを一気に壊滅させていく。


「『灰塵』には及ばずとも、我は我のなすべきことをするのみ」


 彼、『千剣の騎士』は次々に刃を生み出しながら戦場を練り歩いていく。その後には串刺しになった魔物が残るのみだった。

 

 

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