『開戦の狼煙』その2
王都の北方、ナイト地区を抜けてさらに北には広大な平原が広がっている。そのさらに北には王都からも見える巨大な山脈が聳え立ち、そこから先はアース王国の領土を越える。
今日。王都北の平原、ルナバル平原には数えきれないほどの騎士や兵士たちが整列していた。兵士たちの装備は統一され、アース王国の紋章であるオオワシの絵が背中に描かれている。馬に乗っているのは騎士だ。兵士の装備よりもさらに分厚い騎士鎧を見に纏い、同じくアース王国の紋章が描かれた赤いマントをたなびかせる。その数、兵士は5千。騎士は2千。
「ライハルト隊長。各部隊の準備が完了したようです。あとは魔物の襲来を待つのみとなります」
討伐隊の後方。討伐隊を指揮するライハルトがいる陣の元にエアリスが報告にやってくる。ライハルトの陣にはレイも参戦している。
「わかった。ご苦労だったな。それで、接敵はいつ頃になる?」
「はい。魔物の進軍速度からすると、あと1時間ほどです」
「1時間か」
エアリスの風魔法による索敵は正確だ。はるか遠くにいる魔物の進軍を風から読み取り、そのおおよその進軍速度を割り出していた。
「開戦の狼煙は第二部隊長『灰塵の騎士』シス・ルーギスが上げる手筈になっている。それまでは各員、待機だ」
――――――――――――――――
隊列の最前線に彼女はいた。王国騎士団第二部隊長『灰塵の騎士』シス・ルーギス。その姿を、彼女の功績を知るものが見ると誰もが驚くだろう。
子供かと思うほどに小柄な体格。顔つきは幼く、成人した女性とは思えない。腰のあたりまであるロングヘアは特にまとめられたりはしていない。そしてその色は無属性を表す白髪だ。そして特に目を惹くのは、背中に背負った
「そろそろ……くるかな」
「はい、隊長! 魔物の群れはまもなく姿を現す見込みです!」
シス・ルーギスには開戦の合図を任されている。その合図とは、彼女の持つ最大の攻撃魔法による一撃。先日行われた作戦会議にて決まったことである。会議には討伐に参加する第一から第五までの全部隊の隊長たちが集まった。そこで隊長全員から彼女へと指名が集まったのだ。
「あ、来たみたい」
ようやく姿を現した魔物の群れを見て、彼女は重いため息を吐く。
「すごい数……。シスが1番槍なんて、荷が重いよ」
「そんなことはありませんぞ! あなた様の武勇はこの王国に響き渡っております。自信を持ってくだされ」
副官の男――茶髪で髭を伸ばしたナイスミドル――が暗い表情を浮かべるシスを励ます。その表情はまるで、執事がお嬢様に向けるような優しい笑顔だった。
「ありがとう。正直自信はないけど……。シスができること、精一杯頑張らないと」
「その調子です! シス隊長! あなた様ならばその大役、誰よりも上手くこなすでしょう。まさに適任というものです」
「全くもう。いつも大袈裟に言うんだから。でもありがとう」
そうこう言っているうちに、魔物の群れはその全貌をあらわにする。広い平原を埋め尽くさんばかりの大群。大小さまざまな魔物が陸、空を所狭しと練り歩く。パッと見ただけでも、オーガやワイバーン。サイクロプスやバジリスクといったBランク帯の魔物がウヨウヨいる。報告では10万の魔物の群れと聞いていたが、もしかしたらもっと多いかもしれない。そう思うほどの大群だ。
その異様を目にした前線の兵士たちからガタガタと震える音が聞こえる。無理もない。あれほどの大群とぶつかりあうなど、ただの自殺行為に等しい。魔物一体にさえも複数人の兵士で立ち向かわなければ勝てない。それなのに、こちらの全軍よりもはるかに多い数の魔物が向かってくるのだ。普通に考えたら勝ち目などない。
「ふう……。よし。それじゃあ頑張るね。シスは第二部隊長。その肩書きに恥じないように」
「シス隊長のご活躍を、私は信じておりますよ」
緊張で高鳴る胸を落ち着かせ、シス・ルーギスは右手をかざす。瞬間、高密度かつ莫大な白い魔力が彼女を中心に巻き起こる。発動するのは、彼女が使えるただ唯一の攻撃魔法。
「〈
唱えた魔法名とは裏腹に、放たれたそれはあまりにも巨大な魔力の塊だった。白く、巨大な魔力の光線がシスを起点に放射状に放たれ、前方の全てを嘗め尽くす。その射線上にいる魔物たちはその光線に呑まれ塵と化して消滅する。Bランクの魔物も、Aランクの魔物でさえも例外なく、等しく全てを滅ぼし尽くす。
平原を埋め尽くさんばかりにいた魔物の群れの中心に、大きな風穴が空いた。数千、あるいは万以上の魔物たちがたった一度の魔法によって討滅された。
「ふう〜。どうだろう? シス、少しは役に立ったかな」
その惨状を作り出した張本人、『灰塵の騎士』シス・ルーギスは気の抜けた声を出して地面にへたり込む。これだけの偉業を成し遂げて、まるでそれが何でもないことのようにしていた。
シスの魔法を見た兵士や騎士たちは、それがもたらした成果に怒号のような歓声を上げる。兵士たちが先ほどまで感じていた恐怖は消え、軍の士気は最高潮に高まっていた。
「実に、実に見事な一撃でした。シス隊長。ですが流石に魔力を使いすぎた様子。あとは我々に任せて高みのご見物をなさりませ」
「ううん。少し回復したらまた戦えるよ? あの程度で休んでられないよ」
「ふっ。流石は我らが隊長。さて」
副官はシスから目線を外し、騎士たちに向き直る。シスに向けていた微笑みの表情が打って変わって鬼の形相に変わっていく。
「貴様ら! 隊長の魔法に見惚れてないで剣を抜け!! 隊長ばかりに働かせるな!!」
その圧倒的な声量に、浮き足立っていた騎士たちがピシッとその姿勢を正す。
「この
「「おおお!!!」」
副官の号令と共に騎士たちは馬を突撃させる。魔物との戦いの火蓋は切って落とされた。
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